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フィールド日記

2012年09月

2012.09.30

ソバの花が咲きました





2012.9.30  Sunday

不二聖心女子学院内のソバ畑の花が咲き始めました。受粉昆虫はさまざまで、アリだけでも何種か
確認できました。1枚目の写真のアリはキイロシリアゲアリです。3枚目の写真からわかるように
ソバの花には黄色い瘤状の蜜腺があり、ここから甘い蜜がたっぷりと出て、いろいろな昆虫を引き
寄せ、受粉の手伝いをさせています。私たちがおいしいソバを食べられるのは、この黄色い瘤のお
かげと言ってもいいでしょう。
台風17号が猛威をふるっています。農作物への被害が最小限にとどまることを祈らずにはいられません。

今日のことば


悲しみを受いれるとき
苦しみを受いれるとき
『受いれる』ことの
本当の価値を知る


『受いれる』(加島洋造)より

2012.09.29

休日がわかるサルたち





 

 2012.9.29  Saturday
聖心橋の近くでニホンザルの群れに出会いました。休日に学校に行くと、よく猿の群れに出会います。
猿は、学校が休日であることがわかっているように思えてなりません。警戒心もうすらいでいるようで、
たくさんの写真を撮ることができました。 

 

今日のことば

いま生物学者の中で、何を持って進化や発展を定義付けるかと言うと、「種の多様性」だ。最近、世界の
生物学者の意見がほぼ一致して、地球上での生物多様性こそが重要であると言われ始めた。
しかも、種はお互いに協力して生きているわけで、例えば井上民二は、イチジクとイチジクコバチの関係
を研究した。イチジクは緑色の果実の中央に小さい穴が開いていて、その中に花がある。その穴は特殊な
「鍵穴」のような形をしていて、その「鍵穴」に合う特殊なイチジクコバチにしか入れないような形にな
っている。「ケツァール」という千塚治虫の「火の鳥」のモデルになった鳥は、グアテマラやコスタリカ
にいるが、アボガドしか食べない。ケツァールはアボガドを食べた後の種を口から出すが、この鳥の強い
胃酸が発芽のトリガーとなり、その結果、アボガドは芽を出しやすくなる。ケツァールに栄養を与え、
そのかわり発芽しやすくしてもらっているのだ。このように、植物と動物はお互いに協力し合い、種の
多様性を拡げてきた。この協調関係を「共進化」もしくは「共生進化」と呼ぶ。特に、生物同士で「競争」
より「相利」の関係にあるものが、最近の研究でより多いということが解ってきた。
ここから予想されることは、人間も、生物多様性の価値観から、「競争」して相手を蹴落とすのではなく、
お互いに「相利」の関係にした方がより生き延びられる機会が多くなるということだ。民族や文化の違い
を超えて人類も「相利」の関係をつくることが、生物の生き方として優れていることを昆虫や植物から
学ぶ必要がある。

『緑の国へ』(稲本正)より

2012.09.28

イタドリ  ルリチュウレンジ  群がるヤマトシリアゲ

  2012.9.28 Friday

 東名高速沿いの道のイタドリの花の季節が間もなく終わろうとしています。ありふれたイタドリ
の花も近づいてみるとはっとするような美しさを持っています。この花を求めてたくさんの生き物が
集まってきます。

ルリチュウレンジがいました。ルリチュウレンジの幼虫は、ツツジの葉を食べます。おそらく
「温情の灯」の近くのツツジを食べて育ったルリチュウレンジではないかと思います。

 

 イチモンジセセリも翅を休めていました。翅の一文字模様がくっきりと写っています。

イタドリの葉の下にはバッタの死骸が落ちていて、ヤマトシリアゲが群がっていました。
ヤマトシリアゲは一匹で行動することが多く、写真のような光景は珍しいです。


 


今日のことば

 人間とは、人生とは、常に不安定なものではないでしょうか。飛行機を発明したライト兄弟は、
空を飛ぶという不安定なことを克服しようと思って飛行機を作った、と話したといいます。不安定
な時こそ、新しい何かを生むということもあると思います。
役者なら一度は演じたいとあこがれる役の一つがシェークスピアの「ハムレット」ですが、実は、
私は若いころからハムレットが好きじゃなかった。「生きるか死ぬか、それが問題だ」なんて、
そんなの、言っていること自体がおかしい。なんでそんなことで悩むんだ、と。こちらはガキの頃
から食えなくて、毎日空襲にあって逃げまわっていたんです。「今日はなんとか生き延びたぞ」って
思っていたんですから。
少年時代にあんな状況の中でも生きてこられた。役者になって、売れたり売れなかったり、苦しい
こともありました。そんな私がいつも思うのは「人間、太陽がある限り生きていける」ということです。
うろたえちゃあ、いけません。

                                 仲代達矢

2012.09.27

オナガササキリ  夕暮れの富士山

  2012.9.27 Thursday

 すすき野原でオナガササキリのオスが力強い鳴き声を響かせていました。2012年8月10日の
フィールド日記でオナガササキリのメスの写真を紹介しましたが、直翅目のキリギリス科の昆虫
の多くはオスとメスとでは姿が大きく異なることが、この写真からもよくわかります。


 
今日は出張で一日学校の外に出ていましたが、仕事を終えて学校に帰ると夕方の富士山が迎えて
くれました。秋の夕暮れ時の静かな富士の姿をながめていると、一日の疲れが癒されるようでした。


 

               

             今日のことば

           富士の冴え祈りの心諭しけり

                         西山民雄

2012.09.26

シロバナマンジュシャゲ

 

 2012.9.26 Wednesday
通勤途中に、稲刈りの終わった田に雀と烏と椋鳥が来て、落ち穂をついばんでいるのを見かけました。
田のふちにはたくさんの彼岸花が咲いていました。
不二聖心でも彼岸花は満開の時期を迎えています。プール近くの斜面で毎年、赤いヒガンバナが咲き、
校舎の裏やお茶室の近くではシロバナマンジュシャゲを見ることができます。

 

今日のことば


 ヒガンバナと同様に、種子を結ばないシロバナマンジュシャゲが雑種であることを最初に主張したのは
牧野富太郎であった。彼は専門誌『植物分類地理』に「今よくこの植物を観察してみると、これは疑いも
なく雑種であることがうなずける。そして、この両親は赤花を開くヒガンバナと黄花を開くショウキラン
であることが想像される」と書いた。ところが、この論文を読んださる高名な遺伝学者が、赤花と黄花と
の中間が白花になるとは考えられない、さすがの牧野も誤れり、と笑ったという。
しかし、その数年後には稲荷山資生などの細胞学者が核型分析と交雑実験をおこなって、牧野説が荒唐
無稽なものではないことを明らかにした。ただ、親の一方となった赤花種は日本の三倍体ヒガンバナでは
なく、中国のみに分布する種子で殖えることのできる二倍体のシナヒガンバナであろうと考えられた。
これが事実だとすると、黄花のショウキランは中国にも分布するので、シロバナマンジュシャゲの誕生の
地は九州だろうという牧野の推定は外れたことになる。だが調査した限りでは、中国大陸にはシロバナマ
ンジュシャゲは自生していない。中国の学者がシロバナマンジュシャゲと同定したものはよく似て非なる
ものであった。ルーツはどこにあるのか。
謎を秘めた美しい白花は、今年も静かに秋冷の夜に咲いていた。

                         『折節の花』(栗田子郎)より

2012.09.25

静岡県の要注目種モリアザミ

 

 2012.9.25 Tuesday
すすき野原で次々に花を咲かせて始めているモリアザミについて調べてみて驚いたことがあります。
なんと愛知県、奈良県、大阪府、高知県、宮崎県、長崎県では、すでにモリアザミは絶滅したとされ
ているのです。他にも15の県で絶滅危惧種か準絶滅危惧種に指定されています。静岡県の場合も要注
目種となっていました。
モリアザミはとりわけ丈の高いアザミです。青空に映える美しいピンクの花がいつまでも見られますよ
うにと祈らずにはいられません。




今日のことば

高校3年生の短歌

テスト前現実逃避がしたくなり初めて家の床を水拭き          
たくさんの友の言葉に励まされ六年(むとせ)経て知る皆の優しさ     
苦しみを味わうことには意味がある 心に沁みたシスターの言葉    
五時間目窓から覗く青空に平和の欠片広がれ世界に

2012.09.24

ワレモコウ  若山牧水の歌  オトギリソウ

  2012.9.24 Monday

  牧草地の入り口のところにワレモコウが咲いています。ワレモコウは、新潟県、福井県で
絶滅危惧Ⅱ類、長崎県で準絶滅危惧種に指定されているバラ科の植物です。若山牧水の歌に、
「吾木香すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ」という歌があります。
ワレモコウは、その寂しげな風情に深い魅力を感じさせる花です。

 

 すすき野原を歩いていて一つ気付いたことがあります。同じ場所に咲いているオトギリソウの
中に花弁の形の違うものがあるということです。オトギリソウは地域の固有種が多い植物ですが、
花弁の形の違いが何を意味しているのか、もう少し調べてみる必要がありそうです。


 

 

 
今日のことば

何か植物のことをたずねた時に、寺田(寅彦)さんは袖珍の植物図鑑をポケットから取り出し
たのである。山を歩くといろんな植物が目につく、それでこういうものを持って歩いている、
というのである。この成熟した物理学者は、ちょうど初めて自然界の現象に眼が開け来た少年
のように新鮮な興味で自然をながめている。植物にいろんな種類、いろんな形のあることが、
実に不思議でたまらないといった調子である。その話を聞いていると、自分のほうへもひしひし
とその興味が伝わってくる。人間の作る機械よりもはるかに精巧な機構を持った植物が、しかも
実に豊富な変様をもって目の前に展開されている。われわれは驚異の海のただ中に浮かんでいる。
山川草木はことごとく浄光を発して光り輝く。そういったような気持ちを寺田さんはわれわれに
伝えてくれるのである。

                                 和辻哲郎

2012.09.23

ヤマトシリアゲ(ベッコウシリアゲ)

 

 2012.9.23 Sunday

 今日は全国的に最高気温が30度を超える所がなく、ようやく秋らしい空気が日本列島を覆う
一日となりました。思えば、本当に暑い残暑の日々であったと思います。否が応でも温暖化の
ことを思わざるをえない毎日でした。昨日の「秋の30分ハイキング」の時には、温暖化指標の
蝶として知られるツマグロヒョウモンのメスが優雅にすすき野原の上を舞っていました。
今日の朝日新聞の天声人語には次のような一節が載っていました。


 先ごろの朝日川柳が嘆いた通り、まるで「春夏夏冬」の残暑だった。8月下旬から9月中旬、
北日本の平均気温は統計史上の最高を記録したという。遅れがちな秋とは別に、10年の単位で
みても温暖化は確実に進んでいる。



 「春夏秋冬」が「春夏夏冬」になるとは、何とも悲しいことですが、幸い自然界には秋の姿も
きちんと認めることができています。例えば、すすき野原では、夏の黒色のヤマトシリアゲが姿
をひそめ、秋型の鼈甲色の個体がよく見られるようになってきました。完全変態をする世界最古
の昆虫であり、交尾の時に求愛給餌をすることでも知られるヤマトシリアゲですが、夏と秋で体
の色が全く変わってしまうのもこの虫の大きな特徴です。(以前は、「ヤマトシリアゲ」と
「ベッコウシリアゲ」と呼び分けられ、別種と考えられていました。)
季節が失われていこうとしている今、改めて昆虫の季節型に注目してみるのもいいのではないか
と思います。色の変化だけではありません。キタテハのように季節によって体の形が変わるもの
も数多くいます。何万年と続く日本の四季が生んだ自然界の姿です。


 
今日のことば

転機になったのは、作家の雫石とみさんの番組を制作したこと。雫石さんは、極貧の農家に生まれて、
小学校もろくに出ていません。空襲で家族を全部失い、浮浪生活を送った後、施設に入ったんですが、
ひどい扱いを受け続けた。その彼女が45歳のある日、大学ノートを買って、日記をつけ始めた。
それ以来、書くことが支えになり、やがて作文コンクールに応募して、労働大臣賞をもらう。
それまで見下され、ののしられることしかなかったのに、生まれて初めて人間として認められたんですね。
その後も書き続け、65歳で最初の本を出しました。
87年に雫石さんは、日雇いの仕事でコツコツためたお金を寄付して、「銀の雫文芸賞」という文学賞を
作ったんです。なぜ蓄えを全部はたいて賞を作ろうと思ったのか。書くこと、読むこと、言葉が自分を
変えてくれた、救ってくれたという思いがあったんですね。97年、築40年の木造アパートに86歳の彼女
を訪ねた時、「日記がなかったら、とっくに自殺してますよ」とおっしゃった。「書かなければ生きられ
なかったの」と。その言葉をいただいて「書かなければ生きられなかった」という番組にしました。
その時、自分が何をすべきなのか、はっきり見えた。仕事が自分の人生にカチッとはまったんです。
目指すものが見えると、もう他の人のことは気にならなくなりましたね。
今、不安を抱えている人たちには、志を持つことで救われますよ、と言いたいですね。不況で職を失っ
ても、それはあなたの人間性のせいじゃない。自分が本当に何をしたいのかをちゃんと見つめて、自分
の言葉、志として持っていれば、それが必ず支えになってくれる。志というと、世のため、人のためみた
いに思いますけど、そうじゃない。志は自分を救うんです。                                                      

山根基世

2012.09.22

秋の30分ハイキング ジェミニ・ウィルス センタカアワダチソウ モリアザミなど

 2012.9.22 Friday

 今日、行われた「秋の30分ハイキング」には60名以上の方が参加してくださいました。
ハイキングの前に配布した資料を以下に転載します。

 ハイキングのコースに生息している動植物を紹介します。

◎ムラサキシキブ
「日本の美しい実」という意味の学名(Callicarpa  japonica)を持つ植物です。
不二聖心の森の中では同属の「ヤブムラサキ」もたくさん見ることができます。


 

◎茶
牧草地までの道の両側を含めて広大な面積の茶畑が不二聖心には広がっています。
不二聖心のお茶は減農薬・無添加・無着色で知られていて、使われる農薬の量は平均的な
散布量と比較して格段に少ないと言われます。品種としてもタダニシキや   カラベニと
いった稀少な種類を含みます。
お茶の他に、今月から、そばも作り始めました。


 

◎クルマバッタ
東京都では絶滅したと言われるクルマバッタを不二聖心では、多い日には100匹以上目に
することができます。トノサマバッタやマダラバッタと区別がつきにくいですが、飛んでい
る時に翅に黒い模様がくっきりと入っていたらクルマバッタです。


 


◎ジェミニ・ウィルスに感染したヒヨドリバナ
不二聖心にはたくさんのヒヨドリバナが咲いていますが、牧草地の横の斜面のヒヨドリバナ
だけがジェミニ・ウィルスに感染しています。ジェミニ・ウィルに感染すると葉の色が黄色
く変色します。万葉人はこれを黄葉かと思い歌に詠みました。この万葉集の歌は世界最古の、
植物のウィルス感染記録例とされ、イギリスの科学雑誌「Nature」にもその記事が載りました。
万葉集の歌を以下に引用しておきます。

 この里は継ぎて霜や置く夏の野にわが見し草はもみちたりけり


 
 

◎セイタカアワダチソウ
牧草地のセイタカアワダチソウの花穂が少しずつ黄色くなってきました。一時期、日本中の
すすき野原がセイタカアワダチソウに覆われるのではと危惧されましたが、他の植物を駆逐
していた化学物質がセイタカアワダチソウ自身の繁茂に対しても抑止力としてはたらいたらしく、
日本の秋の風景からススキが姿を消すようなことはまだ起こっていません。

 

◎ナンバンギセル
不二聖心のすすき野原ではたくさんのナンバンギセルを目にすることができます。
ナンバンギセルはススキに寄生することで知られていますが、すすき野原の減少によって
全国各地で数を減らしつつあります。一つの環境が消滅すると、その環境に依存している
多くの生物が同時に姿を消すことになることをナンバンギセルは教えてくれます。
万葉人はこの花の微妙な角度から物思いにふける人間の姿を連想し、ナンバンギセルを
「思ひ草」と名付けました。下の歌を詠むと、寄生という言葉を知らなかった万葉人が
ナンバンギセルとススキの関係には気付いていたことがわかります。

 道の辺の尾花が下の思ひ草今さらになどものか思はむ (万葉集巻十一)

 


◎モリアザミ
すすき野原ではたくさんのアザミを見ることができますが、アザミは種の同定が極めて難
しい植物として知られています。不二聖心のすすき野原のアザミは専門家の方の同定によっ
てモリアザミであることがわかりました。モリアザミの根を粕漬けや味噌漬けにして食べる
地方があるそうです。


 

◎マユミ
「共生の森」には、高校1年生の環境学習の時間に、NPO法人「土に還る木・森づくり
の会」のご指導のもと、たくさんの種類の木が植えられました。写真の木は梅組の3班が
植えたマユミの木です。「共生の森」では既に鹿の食害が確認されていますが、マユミは
最も大きな被害を受けました。しかし、力強く復活し、オニヤンマが翅を休める平和な風景
も見られるようになりました。
 

 

 

                今日のことば

話は変わるが、つい最近、ぼくは東海道新幹線で京都へ向かった。その車窓から風景をな
がめているうち、思わず愕然とした。稲はほとんど刈り取られ、田の縁や、川の堤、崖下の
いたるところに、黄の絨毯を敷いたかのような秋草が咲き誇っていたからだ。それはアメリ
カ産のセンタカアワダチソウの群生なのだった。
この植物は実に強い生命力を持ち、根から特別の液を出して他の植物を駆逐してしまうという
話を、ぼくはだいぶ前にきいたことがある。その人の話によると、アワダチソウの種子は米軍機
のどこかにくっついて、「入国」したのだという。最初、九州に根をおろし、やがて大阪、京都
へ達する。そして、さらに中部、関東、東北にまで着実に群落をひろげている、とのことだった。
まさに、その通りになったのだ。
ぼくが愕然としたのは、このアワダチソウによって、日本の秋の情感をこの上なく育んできた薄が、
みるみる姿を消しつつあることだった。ぼくは夢中で夕日に光り、そよぐ薄を車窓から捜した。
薄はまだかろうじて残っている。しかし、その姿は激減していた。おそらく、遠からぬうちにこの
詩情豊かな秋草は絶滅してしまうであろう。

                    『月は東に』(森本哲郎・平成4年6月刊行)より

2012.09.21

クサヒバリ(草雲雀)

 

 2012.09.21 Friday
  立原道造の詩で出会って以来、一度実物を見てみたいと思っていたクサヒバリ(草雲雀)
をついに不二聖心で目にすることができました。なんと見つけたのは理科室前の廊下です。
美しい鳴き声の聞こえてくる場所を探っていったら廊下の壁の上方のわずかな隙間にたどりつきました。
ラフカディオ・ハーンは、クサヒバリが十二銭で売られていた事実を随筆に書き残しています。
日本に長く伝わる鳴く虫の文化を大切にしたいと切に思います。

 

今日のことば

日暮れ時になると、きまって草雲雀のきわめて小さな魂が目を覚ます。すると、部屋中が何とも
言えぬ甘く繊細な音楽で満たされる。銀の鈴を鳴らしたように、それはチリチリとさざめくのだ。
宵闇が濃くなっていくにつれ、鳴き声はいよいよ甘くなってゆく。あるときは大きく高まって、
家全体を妖精の奏でるような響きで震わせ、あるときは糸のようにか細い声で微かに囁く。
しかし、高くとも低くとも、この世のものとも思われない音色を帯びている。

                  「草雲雀」(ラフカディオ・ハーン)より