フィールド日記
2012.04.05
チビマルヒゲナガハナノミ
2012.04.05 Thursday
チビマルヒゲナガハナノミの幼虫が不二聖心の沢から見つかりました。名前から見当がつくかもしれませんが、これは甲虫の幼虫です。大きさは5mmで沢の石の下にはりつくようにして生活しています。カブトムシの仲間の幼虫がこんな姿をしているということに大きな驚きを感じます。


今日のことば
生も死も越えたるごとき優しさに白木蓮の花ほぐれゆくなり
柳澤桂子
2012.04.04
不二聖心の沢 トビケラの幼虫と巣 葉脈の顕微鏡写真
2012.04.04 Wednesday
不二聖心の中には森にそって流れる沢があります。そこにはたくさんの沢蟹が棲み、いろいろな種類の水生昆虫を見ることができます。2枚目の写真は、沢の石をめくって見つけたトビケラの幼虫とその巣です。3枚目の写真は、水生昆虫によって食べられ葉脈だけが残った葉の表面の顕微鏡写真です。



今日のことば
このたくさんの涙は
何かの種かもしれない
わたしの庭にこっそり
埋めておこう
春、夏、秋、冬
そしてまた春
忘れたころ
芽を出して
びっくりするくらい
元気な花を
咲かせるかもしれない
みつはしちかこ
2012.04.04
嵐の前の桜と山吹
2012.04.03 Tuesday
朝のNHKのラジオのニュースで、昨日会津若松市で初めてウグイスが鳴いたという話を紹介していました。不二聖心ではしばらく前から毎日のようにウグイスがいい声で鳴き続けています。今朝は東名高速のすぐ近くで姿まで見ることができました。
ウグイスの声を聞きながら、桜と山吹の写真を撮りました。朝はこのように穏やかな天気でしたが、夕方からは台風並みの低気圧のために記録的な暴風雨となりました。いずれの花も今はもう散ってしまっていることでしょう。

今日のことば
舗道のそばに、一本、大きな切り株だけがのこる木がある。椅子くらいの高さの切り株のまわりを、切り株の木がずっと生きてきた時間が囲んでいる。日々の魂を浄めるような時間が、そこにはのこっている。
長田弘
2012.04.02
『こどもお茶小辞典』に不二聖心の記事が掲載 イワボタン
2012.04.02 Monday
静岡県が発行した『めざせ!お茶博士 こどもお茶小辞典』に不二聖心のお茶が紹介されました。「幻の紅茶ただにしき」についても詳しい説明がついていて非常に興味深い内容となっています。


山地の谷川沿いに生える多年草であるイワボタンが裏道の川で今年も咲いています。イワボタンは別名ミヤマネコノメソウと言います。トンボのミヤマアカネもそうですが、動植物の名前の中には、必ずしも「深山」に生息していなくても「ミヤマ」と名付けられているものがあります。
イワボタンは佐賀県と長崎県で準絶滅危惧種に指定されています。


今日のことば
うつくしい自然よ
どうしたら どうしたら
あなたのうつくしさに
つり合えるだろう
くつを脱いで わたしははだしになってみた
新川和江
2012.04.01
ヒトクチタケ オオコクヌスト
2012.04.01 Sunday
裏の駐車場のマツの木にヒトクチタケがついているのを見つけました。
枯れ始めたマツの木につくというヒトクチタケの中にはカブトゴミムシダマシ、ヒラタキノコゴミムシダマシ、オオヒラタケシキスイなど、何種類もの甲虫が棲みつくことで知られています。2枚目の写真は、2010年5月13日に、ある生徒が持ってきてくれたヒトクチタケの写真で、中にはオオコクヌストという甲虫が入っていました。


今日のことば
ぼくたちは いきているだけで
きっと えらいのだとおもう
かなしみを こらえて いきているのだから
おいおいなきながら いきているのだから
それだけで じゅうぶんに
内田麟太郎
2012.03.31
齧歯類調査報告 アカネズミの生息を確認
2012.03.31 Saturday
齧歯類調査のための仕掛けを確認したところ、栗畑の縁に仕掛けたケースにアカネズミが入っていました。オスのアカネズミで、体長は21㎝、体重は39.8gでした。齧歯類調査のベテランである浜田俊先生に計測をしていただいたあとは、また野に放しました。
アカネズミは森にすむネズミで、ドングリを分散貯蔵することで知られています。貯蔵したまま放置されたドングリはやがて芽を出し育っていきます。ある調査ではアカネズミが木の実を100m以上移動させたという記録も残っています。不二聖心の森の中にもアカネズミによって運ばれた種やドングリから芽生えた樹木がきっとあるはずです。



今日のことば
そうだ僕は僕だけで出来てるわけじゃない
100年1000年前の遺伝子に
誉めてもらえるように いまを生きてる
この生命で いまを生きてる
今日も生きてく
福山雅治
2012.03.31
ハナニラ キスジコヤガの幼虫 齧歯類調査
2012.03.30 Friday
ハナニラが学院のあちらこちらで見られるようになりした。ほとんどがかつて植えられたものが野生化したもので、繁殖力の旺盛さにおいて際立つ花です。

写真の中央に移っている棒のようなものは、キスジコヤガという蛾の幼虫です。地衣類を身にまとうことによって、自分が目立たないように工夫しています。まるで地衣類と同化しているようですが、下の写真を見ると確かに移動していることがわかります。


富士山周辺の哺乳類調査を続けていらっしゃる浜田俊先生に不二聖心にも調査のための仕掛けを設置していただきました。明日の朝、7時に仕掛けの中を確認します。不二聖心の齧歯類の生物相が明かされようとしています。

今日のことば
達人は少ない。詩人も少ない。われわれ凡人はどうしても現実にとらわれ過ぎる傾向がある。そして現実のように豹変し、現実のように複雑になり、現実のように不安になる。そして現実の背後に、より広大な真実の世界が横たわっていることに気づかないのである。
湯川秀樹
2012.03.29
今日の富士山 アズマキシダグモ クヌギカメムシの孵化
2012.03.29 Thursday
今日の富士山の写真です。真冬の富士山とは違って山肌に白以外の部分が増えてきたように思います。
アズマキシダグモの写真を撮りました。このクモの生態は非常にユニークで、求愛の時にオスがメスに獲物を糸で包んだプレゼントを渡したり、メスが卵のうを口にくわえて運んだりします。
2月7日のフィールド日記で紹介したクヌギカメムシの卵が孵化しました。背中にはもうすでに立派に模様が入っています。一度見つかると次々に目に入るもので、このカメムシの卵を何十箇所にもわたって確認しました。

今日のことば
真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし。
田中正造
2012.03.28
クサボケ トビハムシ
2012.03.28 Wednesday
草木瓜(くさぼけ)の蕾を見つけました。木瓜を見ると漱石の『草枕』の一節を思い出します。それは次のような一節です。
木瓜は面白い花である。枝は頑固で、かつて曲がった事がない。(中略)評して見ると木瓜は花のうちで、愚かにして悟ったものであろう。世間には拙を守ると云う人がある。この人が来世に生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい。
「拙を守る」とは「要領が悪く世渡り下手な生き方を貫く」という意味です。文学の力とは不思議なもので、上の一節を読んでいると、自分の「拙」を受け入れて生きていこうという気持ちになります。

クサボケの葉の上にトビハムシの仲間を見つけました。他のクサボケにも同じトビハムシがいました。これはクサボケにつくトビハムシだなと思って歩いていくと、今度はキジムシロの上に同じ甲虫を見つけました。はじめは、「クサボケにつくトビハムシのはずなのにおかしいぞ」と思いましたが、よく考えてみたら、クサボケもキジムシロもバラ科の植物でした。トビハムシがクサボケとキジムシロは同じグループに属する植物であることを改めて思い出させてくれました。

今日のことば
地球とそこに存在する生命を扱う私たちのすべてを特徴づけている一つの資質があります。
私たちはけっして退屈しないことです。私たちは退屈するはずはありません。研究すべき新しいことがつねに存在します。一つの神秘を解明すると、私たちはさらにより大きな神秘の入り口に連れていかれます。
レイチェル・カーソン
2012.03.27
キブシ マムシグサ
2012.03.27 Tuesday
以前、不二聖心にいらした英語の先生で、キブシの花穂が伸びてくると本格的な春の訪れが近いことを感じるとおっしゃっていた方がいらっしゃいました。何と心豊かな春の過ごし方かと思います。

マムシグサの芽生えを初めてしっかりと見ることができました。一年でこれほど姿を変える植物も珍しいと思います。そのことをお伝えするために「不二の自然78」で紹介したマムシグサの記事も載せておきましょう。


(お墓の近くの道)
マムシグサ
科名 サトイモ科テンナンショウ属
学名 Arisaema serratum (Thunb.) Schott
マムシグサは性転換する植物として知られています。十分な栄養を吸収して株が大きくなると雄花は雌花に変わり、実をつけるための準備をします。栄養が不足して株が小さくなると、雌花は雄花に変化して結実することを避け栄養を根に送ります。不二聖心では今の季節になるとあちこちで、この雌花の実を見ることができます。
写真の赤い実の輝きは、この株が生育環境に恵まれ十分な栄養を吸収できたことの証でもあるのです。
(平成22年11月30日)
今日のことば
誰々よりできたできない、そんなことが気になるのは、教師にも子どもにも、余裕というか隙間のようなものがあるからだと気づいたのです。一生懸命自分の学習に打ち込んでいれば、そんな隙間は生まれてきません。優劣など頭に浮かぶひまのない世界にまで、教師は子どもを連れて行かなくてはいけないのだと思いました。
大村はま
