校長室から

2015.11.25

シスター依田ご帰天 (2015年11月25日)

 11月18日の夜、不二聖心女子学院第3代校長のマザー依田育子が静かに神様のもとに召されました。この日は、奇しくも学院の守護聖人である聖ローズ・フィリピン・ドゥシェーンの祝日でした。

そのようなこともあって、22日に聖心女子大学の聖堂で捧げられた葬儀ミサの朗読には、聖フィリピンの祝日に読まれる朗読箇所が使われました

一粒の麦は、
      地に落ちて死ねなければ、一粒のままである
 だが、死ねば、多くの実を結ぶ               (ヨハネによる福音書12章24節)

 ごミサの中で、神父様は「教育」とはまさにこの麦のような命の営みであること、そして教育に献身されたシスター依田のご生涯から、多くの子供たちが豊かな実を結んだことをお話になられました。

校内誌『欅坂』は、シスター依田の時代に創刊されました。「創刊にあたって」の中で、シスターはこのように記されています。

  全校生徒の一人一人を本当によく知りぬきたいと、最近ほど痛切に感じることはありません。
    (中略)
神から与えられた数多くの生徒の教育は、
知識の高さも、技術のすばらしさも、校舎建築の美も、設備の豊かさも越えて、
愛によってなされることを考える時、
愛するためには、相手を知らなければならないという結論に達するのです。

 このお言葉の重みを受けとめつつ、いつも不二聖心のことをお心にかけてくださっていたシスター依田に、学院で学ぶ子供たちを守り導いてくださるよう祈り、聖堂を後にいたしました。


2015.10.16

秋のつどい(学院祭)に寄せて (2015年10月16日)

  富士を仰ぐ広やかなキャンパスが紅葉に彩られる頃、毎年、秋のつどいに多くの皆様をお迎えできますことは、本学院にとりまして大きな喜びです。
 今年は、創立者聖マグダレア・ソフィア・バラ(1779年12月12日~1865年5月25日)のご帰天から150年目にあたります。この記念すべき年に、ドゥシェーン会(同窓会)よりご寄贈頂きました「創立者のご像」と「マーテル・アドミラビリスのご像」は、私たちを原点に立ち返らせる大切なよすがとなりました。

本年度、不二聖心女子学院は、3つの教育目標の中の「魂を育てる」に焦点をあて、学校目標を”Be Elegant”とし、生徒、保護者、教職員が心一つに生活の中で深めるよう努めております。

学校目標を意識した上で、生徒たちは今年の秋のつどいのスローガンを“Crystal Spark”と決め、準備を進めてまいりました。光るものはいろいろありますが、「水晶」の透明さは、神に根ざした清い輝きを思わせるものです。澄んだ空気と美しい自然が常に共にある学院での日々は、生徒たちに、本物の輝きとまがい物の輝きを見分ける力を育んでいると感じます。大変なこともあったでしょうが、互いに対する敬意をもって、共に一つのことを成し遂げていくプロセスの中で、祈り、学び、働き、助け合いながら、本物の輝きを交差させ、今日を迎えることができました。  

        マザーバラは 目にうつる かたちには まどわされませんでした。
   なぜなら マザーバラには 見えるのでした。
   すべてのひとの なかに かがやく とくべつな ひかりが・・・
   どんな ひとの なかにも きえることなく かがやきつづける
   神さまの すがたが・・・
   愛にあふれた マザーバラの 目には 見えるのでした
            (児島なおみ『聖マグダレナ・ソフィア・バラ』)

私たち一人ひとりには、神様から与えられている尊い使命があり、それを社会の中で具現化して生きていく責任があると語られた創立者の思いが、秋のつどいでの皆様との出会いによって、生徒たちの中で強められ、受け継がれていくよう願っております。 

懐かしい、また新しい出会いの中で、生徒たちの日頃の学習や研究の成果、成長の実りをご覧いただき、ご助言などいただけたら幸いです。ご来校くださいました皆様、そして皆様につながる全ての方々の上に、神様の祝福をお祈り申し上げます。

2015.08.31

ミッショナリービスケット (2015年8月31日)

   
   7月末、ジョワニーの創立者の生家を訪ねました。2018年から「ルーツへの旅」として、不二聖心の高校2年生全員がフランスを訪れることになっていますので、その準備のためです。

そこで、シスターイサベル・モンロール(Isabelle Montlaur)というシスターに出会いました。入会前に、レイ・ミッショナリーとして不二聖心の寄宿舎に滞在し、生徒にフランス語を教えていらしたそうです。お土産にお持ちしたソフィアージュをとても喜んでくださり、フランスのニュースレターに載せたいと記事を書いてくださいました。その記事を日本の生徒たち等にも届けるとお約束しましたので、ここに紹介させていただきます。

Joigny, Juillet 2015
            Nouvelle Evangélisation :
      Offrez des Sophiage ! Les biscuits missionnaires 

  Le 26 juillet, des envoyés viennent du Japon avec une religieuse du Sacré Coeur, prospecter à Joigny, pour de futures visites d’élèves du Sacré Coeur, prévues en 2018, Notre Soeur Mami nous fait alors cadeau d’une belle boîte pleine de petits biscuits.
Surprise : chacun est emballé avec un joli timbre orné d’un ‘logo S.C ’.
  Soeur Mami Ohara, Directrice du Centre Scolaire Fuji Sacred Heart School, nous raconte sa trouvaille pour faire connaître le Sacré Coeur et l’Eglise.
  A Susuno, ses élèves, les éducatrices, avec le concours de la grande Fuji farm, propriété du Sacré Coeur, lancent la fabrication de biscuits. Le projet est soutenu par l’Office du Tourisme de la ville en commémoration de l’entrée du Mont Fuji au Patrimoine Mondial de l’Unesco en 2013.
  Les biscuits sont recouverts de menues feuilles pilées du thé parfumé« Tadanishiki », spécialité exclusive des grands champs de thé de notre ferme. Ce thé n’existe que chez nous. A l’origine il est venu d’Inde. Il fut acclimaté au Japon par Mr Tada il y a plus de 100 ans. C’est pourquoi «Tadanishiki » est unique au monde.
  Les jeunes ont dessiné un logo Sacré Coeur entourant le Mont Fuji et le clocher de Susuno. Chaque biscuit est conditionné sous un sachet transparent portant la phrase : « Ce qui compte c’est le désir de transmettre. » avec leur étiquette-logo.
Elles inventent le nom : « Sophi-age » (de Madeleine Sophie, et age comme dans co-voiturage) .
  Dans une boite très soignée, ornée de multiples petites fleurs, d’un ruban fleuri, et, bien sûr, du « logo », le biscuit est commercialisé (et demandé chaque jour) par trois boutiques de la ville et par internet. Avec ces biscuits, on propose beaucoup d’autres sortes de « Sophiage » comme des Madeleines, des muffins et des cakes etc….

                 新しい宣教
          ミッショナリ・ビスケット~ソフィアージュ~

 2018年に行われる聖心の生徒のジョワニー訪問の下見として、日本から一人の聖心会員を含む視察のグループが、726日ジョワニーにやってきました。シスター大原は、とてもすてきな箱に入った可愛いビスケットをお土産に下さいました。一つ一つがセロハンで包まれていて、聖心のロゴで囲まれた図柄のラベルが貼ってありました。
 シスター大原は不二聖心女子学院の校長で、聖心と教会が多くの人々に知られるようにとの思いでビスケット作りに専念なさったことをお話下さいました。
  裾野で、生徒や先生方は、聖心が所有している広大な不二農園の協力を得て、ビスケットを作る事業を起こしました。この企画は、富士山が2013年に世界遺産に選ばれたことを記念して、市の観光課で支持されたものです。
 ビスケットには、私たちの茶畑で栽培されている薫り高い紅茶ただにしきの葉が細かく刻まれて入っています。この紅茶は、不二農園以外では栽培されていません。100年ほど前に、インドから取り寄せられた紅茶を日本の気候に合わせて多田氏が改良したものなのでただにしきと呼ばれています。
 一つ一つのビスケットは<大切なことは思いが伝わることです。>という言葉が書かれている透明な袋に入っていて、聖心のロゴのラベルが貼ってあります。生徒たちはこのビスケットに、ソフィアージュという名前をつけました。( 聖心の創立者であるSophieの名前 と age co―voitureage のように 運搬する、運ぶの意味のageです)
 ビスケットの箱は、小さな花いっぱいで飾られた包装紙で包まれ、赤いリボンが掛けてあります。大切なことは気持ちを伝えることです。という言葉とロゴのラベルも貼ってあります。このビスケットは商品化され、裾野市の3つのお店で、またインターネットで毎日売られています。ビスケットの他に、マドレーヌやケーキ、マッフィンのソフィアージュもあるそうです。                   (石崎阿砂子訳)


 この時お持ちしたソフィアージュは、裾野駅前東口(正面口と反対の出口)を出てすぐのビィエナ・ブロードさん製です。生徒が典礼で使うパンなどもお願いしています。試行錯誤の末、バニラ味・ココア味、そしてタダニシキ入りのソフィアージュの3種のクッキー詰め合わせを考案してくださいました。あらかじめ電話で予約しておくと、受け取りがスムーズです。
 
日本語だけではなく英語でも書かれたしおりがついていますので、今夏は生徒たちがアメリカの2つの聖心の学校へ、またシスター足立がインドネシアの聖心会にもお持ちし喜んでいただきました。創立者の思いを運ぶソフィアージュを、多くの方々に楽しんでいただけたら幸いです。

            

2015.04.08

始業式(2015年4月8日)

不二聖心女子学院2015 始業式 HP用-001

 聖心女子学院の教育は、カトリックの精神に基づき、「魂を育てる」「知性を磨く」「実行力を養う」の各領域においてバランスよく成長し、「社会に貢献する賢明な女性」として成長していくよう準備します。これら3つの領域が統合されていくためには、生徒・教職員が、各領域を自分自身と関連づけ、具体的に意識して学院生活を送ることが必要です。不二聖心女子学院では、毎年、一つの領域に焦点をあて、3年間の中で教育方針をスパイラルに深めていきます。今年は「魂を育てる」という扉から入る年です。

1) いくつかのことを同時にこなす力
聖心の教育の中では、「複数のことを同時にこなすこと」の大切さが言われます。学院生活においては、学習はもちろんのこと、一人ひとりが全体に対して何らかの役割を担い、行事や委員会、奉仕活動、そして寄宿舎や家庭で担う責任ともバランスをとって過ごしていくことが求められています。実際、皆さんは、必要なことを適切な形で相談しながら、与えられた役割を真摯に果たすよう努めています。どうぞ、その姿勢を大切にしてください。
忙しくても、押しつぶされずに、複数の事をこなしていくには、知性と行動力はもちろんですが、内的な強さが必要です。これは将来、「社会の中で貢献できる女性」となっていくために大切なことです。社会の中では、自分の計画通りに、また願うような順番で物事が起こることはほとんどありません。思いがけない出来事の重なりや、アクシデントの中にあっても、自分に与えられた複数の役割を果たしていく力が求められます。

2)「真に価値あるもの」を理解し、それを望む
 しかも、どんなに大変かをアピールしたり、取り乱したり、不機嫌になって物事にあたるのではなく、「エレガントにこなしましょう」と先生方に言われているはずです。水面が揺れても底は揺るがない深い湖のような魂の落ち着き、本当の明るさが必要です。様々なこだわりから抜け出すことが求められます。生き方の方向性とつながっているともいえるでしょう。  
聖心の生徒の理想の姿を現す「マーテル・アドミラビリス」(感ずべき御母)の姿、特に聖母の「伏せた眼差し」が意味するものに眼を留めましょう。

   マリア様 私たちの目を、見えるものから
あなたの見ておられる見えないものへと導いてください。
目に見えない存在 目に見えない生命 目に見えない行い 目に見えない愛へ
大切でないものにまどわされやすい私たちが、
真に価値あるものを理解し、それを望むことができますように。
(聖心会 第9代総長 マザードレスキューの祈り)

 私たちの発する言葉、態度、選び、行いが、「真に価値あるものを理解し、それを望む」心のありように根ざすものでありますように。

3)「いつも神様につながっていなさい」(ヨハネ福音書15章)
「魂を育てる」のシンボルとして、同窓会(ドゥシェーン会)の方々から、一つの御像を贈っていただけることになりました。「創立者聖マグダレナ・ソフィア・バラに、少女が葡萄をお捧げしている」御像です。5月25日の創立者の祝日までには、ソフィア・スクエアに置かれる予定ですので、楽しみにいたしましょう。
この構図は、創立者の祝日に世界中の聖心で読まれる「葡萄の木のたとえ話」(ヨハネによる福音書15章)がモチーフになっています。たとえ話の中で、「葡萄の木につながって実をならせる葡萄の枝」は、「神様につながって生きる人」の象徴です。そのように生きる人は、「わたしが愛したように、互いに愛し合いなさい」(ヨハネ15:12)というキリストの掟を心に刻み、「愛において成長」していきます。その具体的な姿は、同じく創立者の祝日に読まれるコロサイの信徒への手紙3章(12-17)の中に、見ることができます。

(前略)あなたがたは(中略)憐みの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身につけな
さい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。(中略)
これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずな
です。また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この
平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体となったのです。い
つも感謝していなさい。キリストの言葉が、あなたがたのうちに豊かに宿るよう
にしなさい。(後略)

 今年は特に、日々の祈り、内省を大切にし、キリストに根ざした内的な豊かさを育てていくよう心掛けましょう。そして、先生方、保護者の方々とご一緒に”Be Elegant”を意識して生活し、その意味を学院全体で深めてまいりましょう。
私たちの創立者聖マグダレナ・ソフィア・バラの取り成しのもとに。アーメン。

2015.03.17

『卒業研究』巻頭言より(2015年3月17日)

 不二聖心女子学院の「卒業研究」の起源は、1978(昭和53)年に始められた「中3個人研究」にあります。この試みは、学院の目指す「創造性に富む堅実な思考力と正しい判断力を育てることを具体化していこうとするもの」であり、「各教科の枠を越えて一人ひとりが興味のある問題を自主的に、長い月日を費やして深く研究していくという作業を通して『学ぶこととは何であるか』を体得させたい」との願いから始まりました(1985(昭和60)年度『中3個人研究』)。生徒一人ひとりに対するメンター制度、秋のつどいでの研究発表、口頭試問、冊子発行等、今では当然のことのように行われていますが、35年前、最初にこのアイディアを共有し、実現の可能性を模索し、ついには研究体制を立ち上げられたシスター・先生方の教育への情熱と、新たな学習の地平を見つめて真摯に研究に取り組んだ生徒たちの姿勢に深い尊敬の念を覚えます。

 アーカイブ室には、歴代の卒業生全員の研究が掲載された冊子が大切に保存されており、研究方法の変遷や研究環境充実の過程を知ることができます。1986(昭和61)年には中学校の学習の集大成の意味を込めて名称を「卒業研究」と改め、今日に至っています。本年度からは、6カ年の学習デザインの中で、Foundation からOriginalityへの架け橋として卒業研究を位置づけることと致しました。

 2013年度の学校目標「知性を磨く~若さを価値あるものとせよ~」を胸に、知の可能性に挑戦した生徒たちが、今後の学びの中でこの経験を「各々に与えられた使命」とつなげて、深めていってくれるよう心から願っております。

2015.03.10

『欅坂』巻頭言より(2015年3月10日)

 不二聖心女子学院の塔の中には、タワーベルがあります。毎朝、この鐘が響き渡る時、学院全体が深い沈黙で包まれます。この鐘は、草創期に初代院長マザーエリザベス・ダフが、不二聖心の生徒のためにオランダに作成を依頼したものです。1953(昭和28)年、大海原を超え、長い船の旅をして鐘がこの地に辿り着いた時、学院では祝別式が催され、「マリア・アミリア」と命名されました。当時は校名がまだ「聖心温情舎」だった時代で、学院の建物は山の下にありました。最初にこの鐘が吊るされたのは、「温情舎」時代に岩下家が所有していた小さな聖堂でした。

 なぜ「マリア・アミリア」と名付けられたのでしょうか?聖心の歴史の中に、その答えがあります。聖心会が日本に学院を創立するために、日光丸という船に乗って、オーストラリアのシドニーを出発したのは、1907(明治40)年12月3日、聖フランシスコ・ザビエルの祝日です。近代化政策を推進する日本政府から女子高等教育機関を設置してほしいとの要請を受けた教皇ピオ10世により、その使命を委ねられてのことでした。聖心会総長マザーディグビーは、すでに学院が根付いていたオーストラリア管区の管区長であるマザーアミリア・サルモンにこの使命の遂行を託しました。この方こそ「マリア・アミリア」--、学院の鐘の名の由来となった方です。

 マザーサルモンが、日本の聖心女子学院の礎石となる4人の修道女たち(マザー ブリジッド・ヘイドン、マザー メリー・スクループ、マザー エリザベス・スプロール、シスター メリーケーシー)と共に横浜港に到着したのは、1908(明治41)年元旦のことでした。この年は、創立者マグダレナ・ソフィア・バラが福者(聖人の前段階)として列福された記念すべき年でもありました。2月28日には、第2陣の8名がヨーロッパから到着。未知なる国であった日本での生活は13人の修道女にとって新しい経験の連続でした。困難もあったでしょうが、それ以上に聖心女子学院創立の志に燃え、新しい経験を喜びをもって分かち合っていた様子が伝わってきます。この年の春、日本での生活が軌道にのったのを見届け、マザーサルモンはオーストラリアに戻りました。以後、マザーはオーストラリアから、日本の学院創立を見守ることになります。

 一方、「マリア・アミリア」は、山の上に校舎が建設た第1校舎と修道院の間のコネクションの屋根の上に安置された時代を経て、現在の聖堂が完成した1960(昭和35)年から塔の中に置かれました。この間、いつも生徒・教職員と共にあり、学院のシンボルとして、不二聖心の歴史を間近で見守ってきました。1979(昭和54)年からは、朝礼時に鐘が鳴らされる時、沈黙の祈りが捧げられるようになりました。この学院を貫く沈黙の時間が、生徒たちの中に内的な力を育み続けてきたことはいうまでもありません。

 特に、本年度「フロンティア・スピリット」を学院目標に掲げて過ごす中で、鐘の命名の由来を思う時、毎朝、学院に鳴り響く鐘の音が、「マザーサルモンのように異なる文化・未知なる世界へ、広く、深く、心を開いていきましょう」と、生徒たちを促しているように聴こえて参ります。

2015.02.24

『桃園』巻頭言より(2015年2月24日)

2014(平成26)年は、不二農園創設百周年という記念すべき年でした。秋のつどいでの記念ミサと茶話会、アーカイブ・ウィング岩下コーナー開設、百周年記念ほうじ茶羊羹発売等を通して、農園の歴史を知る多くの方々や貴重な資料との出会いがありました。それは、「不二聖心女子学院の今」を新たに見つめ直すことにつながる貴重な経験であったと感謝しております。

農園創設者である岩下清周の三女であるマザー岩下亀代子は、日本人として初の聖心会修道女です。1945(昭和20)年、岩下家よりこの桃園の地が聖心会に寄贈された時、聖心会は農園と共に岩下家が創立した私立「温情舎」小学校も受け継ぐこととなりました。  

温情舎の初代校長であるマザー亀代子の兄の岩下壮一神父様が、創立の年である1920(大正9)年3月に書かれた「温情舎」の「生徒心得」の中に、次のような箇所があります。

  一、おまへは役に立つ人にならなくてはいけない

  二、役に立つ人となるには次の二つを心掛けなくてはいけない。
知 何事もぼんやり見のがしてはならない。
氣をこめて。考へて。教はる事。
行 何事も力一ぱいやらなくてはいけない。(中略)
學んで。習って。行ふ事。(中略)      

  四、心を丈夫にするには誠實、克己、忍耐、勤勉の四つを行はなくてはいけない。

「六」に、「温情舎」は「おまへの楽園である」と書かれていますが、文字通り訪れる者をして「この平和郷に育つ子供は幸福である」(『中駿郷土讀本全』中駿校長会)と言わしめた学び舎でした。

長きに渡るヨーロッパ留学の経験もあった壮一により、自由で進取の気風に富んだ教育がなされていたという温情舎。現在よりさらに広大であった農園の自然と一体となった学舎。少人数教育の特性を生かし、詰め込みではなく自ら考えて悟るような教育実践は、日本を代表する神学者・哲学者であった壮一神父様の理想を具現化したものでした。カトリック学校ということを前面に出してはいませんでしたが、カトリックの人間観を土台とした教育であったことは疑う余地はありません。温情舎について書かれたものを読むにつけ、その中に不二聖心女子学院が大切にしている価値観や方向性と共通することが多いのに驚かさると共に、時代が変わっても色褪せない教育観に示唆を与えられます。

現在、「温情舎」という名前は「温情の会委員会」に受け継がれ、社会に貢献できる女性の育成を目ざす学院の核ともいえる存在となっています。聖マグダレナ・ソフィアによって創立された聖心女子学院と、岩下家によって創立された「温情舎」――、神様の計らいによって、この二つの流れは出会うべくして出会ったといえるのではないでしょうか。日本の聖心七校の中で、唯一、前身となる学校をもつ不二聖心女子学院ならではの豊かさを大切にしつつ、二つとない学院のビジョンを描いていきたいと思います。

2015.02.05

共生き(2015年2月5日)

今年の1月17日は、阪神淡路大震災からちょうど20年でした。私も、被災者の一人です。当時は、駆け出しのシスターとして、兵庫県宝塚市にある小林聖心女子学院で働いていました。中高生は無事でしたが、小学生がひとり亡くなりました。本当に悲しい出来事でした。

高1のゆり組の担任であった私は、その年、高1の現国・古典・宗教を受けもっていました。震災後、学校が再開された頃、学院として「この経験を何かの形で残しましょう」ということになりました。あやめ組、ばら組の担任と話し合い、高1は生徒全員に短歌を書いてもらうことにしました。一人が3首程度を作って持ち寄り、その中から各担任が一首、『震災短歌 共生き』という歌集にまとめました。ミドリが学年カラーの生徒達でしたので、緑色の用紙に印刷して全員に配りました。私にとって、どんな有名な歌人の歌集も及ばない一番大切な歌集です。

     みんながね 無事ならばいい それだけで 心に響く 母のことばが

その中の歌の一つです。「命の大切さ」を身をもって体験した者同士、多くを語る必要はありませんでした。困難を体験した分、より思いやりのある生徒たちに育ってくれたと思います。

「復興の歌」として大切に歌い継がれてきた「しあわせ運べるように」という歌があります。作者は、神戸市立吾妻小学校で音楽を教えていらした臼井真先生。東灘区の自宅が全壊し、先生ご自身も被災されました。そんな中、子供たちに希望を与えたいとこの曲を作られたそうです。

     地震にも負けない 強い心をもって 亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう 
傷ついた神戸を元の姿にもどそう 支え合う心と明日への希望を胸に  
響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わる神戸のまちに 
届けたいわたしたちの歌 しあわせ運べるように

小林聖心の小学生が聖堂で歌う画像がHPに掲載されています。
http://www.nhk.or.jp/kobe/shiawasehakoberu/entry/list/obayashiseishin.html

朝礼でこのような話をした直後、一人の先生が、被災後に小林聖心から不二聖心へ転校してきた生徒について話してくださいました。同じスピリットのもとで温かく迎えていただいたことがわかり、聖心は一つの家庭であると改めて思いました。

2015.01.20

共時性(2015年1月20日)

「○○○でお会いしたことがとても懐かしいです」――、今年のお正月、シスターになって初めて赴任した小林聖心女子学院(兵庫県にある姉妹校)で、高2・高3の時期にかかわった“かつての生徒”から年賀状を受け取りました。

「○○○での偶然の出会い」、その懐かしさは私も同じです。彼女も同じように感じていたのかと感慨深い思いでした。

それは、小林聖心を退いて大学で神学を学んでいた時のこと、メイン・ストリートで、ばったり出会ったのが彼女でした。同じ大学の国文科で研究に励んでいました。短い立ち話の中で、「シスターがうらやましいです。自分のアイデンティティと、自分が学びたいことが一致しているから・・・」と言った彼女の真剣な表情。意識下で私自身も感じていたであろうことを言語化されたことに、はっとさせられた瞬間でもありました。自分の進むべき道を探求しているがゆえに悩んでいるような彼女の表情はまぶしくもあり、いつか必ず突き抜けるであろうと信じ、祈ったものです。

数十年前のほんの一瞬の出来事ながら、忘れ得ぬ邂逅。彼女は、今、ある大学で研究者として働いています。自分のアイデンティティと一致する学問に出会ったのだ、と感じられる嬉しい便りでした。

2015.01.01

希望の芽

新年おめでとうございます。
学院の木々にも新芽が芽吹いています。今年も、この若芽のような生徒たちの可能性に信頼しながら、共に希望をもって歩んでいきたいと思います。今年も不二聖心女子学院をどうぞよろしくお願い申し上げます。皆様の上に神様の祝福がいつも豊かにありますように。