校長室から
2018.12.03
クリスマス・キャロル
クリスマスおめでとうございます。
聖ローズ・フィリピン・ドゥシェーンの渡米200年祭を祝う本年度、学院は“Listen to Your Inner Heart”という目標を掲げています。クリスマスを迎えるにあたり、生徒たちは、それを意識し “Le Saint Esprit~聖霊 神の息吹~”をテーマに選びました。
彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに
三人の博士たちは、暗闇の中に輝く星に導かれ、キリストのもとにたどりつきました。これはLe Saint Espritに従って歩む人々の姿を表しています。私たちも、心の深みで語りかける神様の声に耳を澄ませ、難しい現実の中にあっても、希望をもって平和な世界の構築に向けて共に歩んでまいりたいと思います。
皆様とご家族の方々の上に、クリスマスの平和と喜びが豊かにありますよう、心からお祈り申し上げます。
2018.11.01
秋のつどい
今年、世界中の聖心が一つになって、聖ローズ・フィリピン・ドゥシェーン(1769年8月29日-1852年11月18日)が、1818年3月21日にフランスのボルドーを発ち、アメリカ大陸に聖心を創立してからちょうど200年目の記念を祝っています。聖女を守護の聖人として戴く本学院でも、その精神や態度に学び、祈り、実践する様々な取り組みがなされています。
2018.10.01
フランス「ルーツへの旅」
先月、高校2年生(学年全員対象)と共に行って参りました。これは、創立者Madeleine Sophie Baratのご生家をはじめ足跡を辿り、そのスピリットにふれること、またそれを未来に向かってどのように生きていくかを考える旅です。フランスの聖心会のシスター方、フランスの同窓会はじめ、聖心グローバルファミリーに支えられたハンドメイドの旅でした。旅の様子は、学院ダイアリーや学院Facebookでご報告してありますので、ご一読いただけたら幸いです。帰国後、子どもたちから度々聞かれたのが「フランスに帰りたい」という言葉でした。「あなたの居場所はここですよ」と答えつつ、あちらでいかにアットホームな形で迎えて頂いたかを再認識させられています。旅の途上で、幸せそうな彼女たちの姿を見て、また研修の中でどんどん成長していく様子を目の当たりにして、連れてきて良かったと心から思いました。創立者が生まれた町ジョワニーは、ワインで有名なブルゴーニュ地方にあり、聖書のぶどうの木のたとえ話(ヨハネ福音書15章)がお好きだった創立者にちなみ、ぶどう畑でのワークショップも行われました。収穫の季節を迎えているぶどうの実を見ながら、生徒たちの成長を願い、祈りを捧げました。
2018.09.04
アジア・オセアニア地区 聖心校長会
2018.08.01
NON MINISTRARI SED MINISTRARE
今年の6月、バチカンの聖ペトロ大聖堂にて、フランシスコ教皇様より、大阪教区の前田万葉大司教様が、枢機卿に叙任されました。これはカトリック教会の中で教皇様に次ぐお立場であり、日本では久々の枢機卿誕生です。
前田新枢機卿様の紋章には、”NON MINISTRARI SED MINISTRARE”(仕えられるためではなく、仕えるために)というという文字が入っています。かつて、「幸せ」とは、「仕合わせ」、お互いが仕え合うことから生まれということをお話になられたと伺いました。夏休みの間、ワークキャンプ等のボランティア活動、海外体験学習、また地域社会や家庭のかかわりの中で、生徒たちはこの言葉の意味を経験の中で深めていくことと思います。
2018.07.01
ディバイディド・スカートの記憶
7月1日、恒例の温情の灯会が行われました。これは、学院の前身である温情舎小学校から、温情舎女子中学校、聖心温情舎に至るまでの同窓会です。会合には、ドゥシェーン会(不二聖心女子学院同窓会)の代表の方々も参加されます。不二聖心女子学院へと変遷してきた歴史の生き字引のような方々がお集まりになるため、いつも新しい発見があります。
今年は、1970(昭和45)年まで体育の授業で使用されていたディバイディド・スカート(Divided Skirt)の話題でも盛り上がりました。いわゆるキュロットスカートのようなものなのですが、くるぶしくらいまでの長さで、内側にダーツがとってあったため、けっこう重かったそうです。当時は、体育の授業もダンスのようなものが多かったとのことでした。
不二聖心女子学院と改称した翌年の1958(昭和33)年は、東京の聖心女子学院が創立50周年を祝った年でした。その記念行事の一つとして、東京で行われた姉妹校対抗バレーボール大会で、不二聖心はこの長いスカートで見事に優勝。他の姉妹校は膝くらいのディバイディド・スカートだったので、とても驚いたと仰っていました。今も当時の優勝杯や写真がアーカイブに残されています。よく見ると、確かに一校だけ長いスカートの生徒たちの姿がありました。
本年度から紺色のポロシャツを導入しました。初代制服の紺色の中に、赤いFSの文字が入っています。赤は、学院の象徴の一つであるフランス瓦の色からとりました。嬉しそうに着る生徒たちの姿を見ながら、服装の変遷の歴史の中にも、学院への愛に根差した様々な人々の思いが込められていることをしみじみ感じています。
2018.06.05
和紅茶の香り
JR東海道・山陽新幹線のグリーン車に搭載される雑誌『ひととき(WEDGE)』6月号で、「聖心の紅茶」タダニシキを紹介していただきました。19世紀に、多田元吉がインドから持ち帰ったアッサム種で、和食にも合う優しい風味が魅力です。
http://wedge.ismedia.jp/category/hitotoki
紅茶の色の変化を意識して作られたという缶の説明文字は、今でも英語です。不二農園・温情舎ゆかりの仲省吾先生を通して、バーナード・リーチなども飲まれたことがあったのでは、と想像しています。今では、ここ不二農園しかまとまって栽培している茶園はないとのこと、ミッショナリーのシスター方も愛された幻の紅茶をこれからも大切にしていきたいと思います。
2018.05.19
木には希望がある
ローズ・フィリピン・ドゥシェーンが、バチカンで列聖されたのは1988(昭和63)年のことです。ドゥシェーンとは樫の木を意味し、彼女の不屈の精神を表現すものとされることから、列聖記念として学院に一本の樫の木が植樹されました。人の背丈よりやや高いくらいであったこの木は、今は天に向かって大きく伸び、枝を張っています。
木には希望がある、というように、木は切られても、また新芽を吹き、
若葉の絶えることはない。地におろしたその根が老い、幹が朽ちて塵に
返ろうとも、水気にあえばまた芽を吹き苗木のように枝を張る。
(ヨブ記14:7-9)
今年、渡米200年祭にあたり、聖心会修道院と同窓会のご厚意によって、植樹記念のプレートが新しくなりました。時代を超え、世代を超えて、卒業生や子供たちの中に、聖フィリピンへの思いと、どんな困難にあっても希望のうちに生きようとする強さがつながれていきます。
2018.04.28
新たな歩みの中で
中1の宗教の時間に、キャンパス内にある聖心会の霊園を訪れました。途中、かつての通学路である欅坂、旧ルルド、岩下家墓所等も訪ねました。これら全て、普段は生徒だけでは行ってはならない領域にあります。そよ風が、子供たちの列を爽やかに駆け抜けていきます。
毎秒、きみは生まれ変わる
毎秒がきみのあたらしいスタート
2018.04.09
2018年度のはじめに
不二聖心女子学院2018(平成 30)年度 学校目標 魂を育てる
~ Listen to your inner heart ~
不二聖心女子学院では、カトリックの精神に基づき、「魂」「知性」「実行力」の各領域をバランスよく育み、「社会に貢献する賢明な女性」として成長していくよう準備します。これら3つの領域が統合されていくためには、生徒・教職員一人ひとりが各領域を自分と関連づけて意識していくことが必要です。そこで、学院では、毎年、一つの領域に焦点をあて、年度目標に取り入れ6年間を通してスパイラルに深めていくよう留意しています。本年度は、「魂を育てる」を意識する年です。
また2018年は、学院の守護聖人である聖ローズ・フィリピン・ドゥシェーンが、アメリカ大陸に聖心を創立してから200年にあたります。そこで、「祈りの人」と呼ばれた聖女の生き方に鑑み、学校目標を”Listen to your inner heart”と致しました。
1)「成功」よりも、「神のみ旨」を望む
「私がミッショナリーにあこがれたきっかけは、8歳の時に、ルイジアナに宣教に行かれたイエズス会の神父様に先住民の方々の話を聞かせて頂いたことです。」とローズ・フィリピンは語っています。その後、フランス革命の混乱期を経て、不思議な導きのもとに聖心会へ入会した彼女が、長い間持ち続けた望みを総長ソフィア・バラに打ち明けたのは1806年のことでした。
それからアメリカへのミッションの責任者として派遣されるまで12年もの歳月を要しました。1818年3月21日、レベッカ号に乗ってボルドーを出発、5月29日、ニュー・オーリンズに錨を降ろします。この日は、奇しくも「聖心(みこころ)の祝日」でした。セントチャールズに最初の学校を設立し、以後23年間に渡り次々と学校を創立していきました。この間も、先住民のもとへという夢が消えることはありませんでした。
ようやく彼女が、シュガークリークのポトワトミー族のもとへ行くことが許されたのは72歳の時でした。彼らのことばを覚えるには年をとりすぎていたフィリピンは、無力感を感じつつもできる仕事をこなし、先住民の人たちのために長時間祈りました。健康が衰えため、1年後にセント・チャールズに呼び戻され、最後の10年間をセントチャールズで過ごしました。この間も、苦労の絶えなかったアメリカ各地の聖心女子学院のために力を尽くしました。手記には、「私は名誉より十字架を、安易よりも貧困を欲し、成功を求めるのではなく、神のみ旨を望んでいます」と書かれています。1852年11月18日、後継者のマザー・デュルージェの到着から2日後に、ローズ・フイリピンは天に召されました。
彼女は知りませんでしたが、ポトワトミー族の人々が「聖なる人」と実感したのは、有能な働きをした人たちに対してではなく、「自分は役に立たない」と思い祈ったフィリピン・ドゥシェーンでした。この深い敬愛の念が、世紀を超え、世代を超えて受け継がれ、後にバチカンでの列聖(1988年)へとつながっていくのです。
ご帰天から100年後に裾野の地に創立され、聖女を守護者として戴く不二聖心の生徒たちは、創立来、聖女の精神を大切に受け継いできました。この学院の中には、聖フィリピンの祈りとスピリットが宿っています。
2)人生は、「より大いなるもの」のためにある
不二農園の開祖岩下清周の長男で、本学院の前身である温情舎小学校の初代校長となった岩下壮一神父様は、中高時代、麻布の自宅からの通学ではなく、あえて寄宿生として九段の暁星で学びました。優秀な壮一は、1900年に2年飛び級して中学に進み、中学卒業時には英語、フランス語をマスターしました。昼夜に渡る暁星で学びの中で、彼はカトリックの洗礼を受けます。洗礼名はフランシスコ・ザベリオ。次第に、父清周が期待する実業家としての将来への問いが生じ、最終的には哲学の道へと方向転換していきます。恩師のひとりであるエミール・エック師は壮一に、「君の人生は、より尊いもの、より大いなるもののためにある」と告げたと伝えられています。
東京大学へと進んだ壮一は、長い欧州留学を経て、最終的に司祭への道を選びます。学問の発展、教育、そしてハンセン病患者のために生涯を捧げ尽くした彼の生涯は、まさにより大いなるもののためにありました。その選択や生き方は、フランシスコが、パリ大学でイグナチオ・ロヨラに出会い、イエズス会司祭へと召されていった姿と重なります。この聖なる司祭は、1940年、多くの人に惜しまれながら、聖フランシスコの祝日(命日)である12月3日に天に召されました。
皆さん一人ひとりの人生も、「より大いなるもの」のためにあります。いつ、どこで、何をしていても、神様の望まれる愛の生き方を志すことが「聖心の生徒の使命」であるということを、心の深みでよく味わってみましょう。
3) Listen to your inner heart
超スマート社会に向かう現代、私たちを取り巻く世界は、騒音や情報、目まぐるしさに満ちています。心身共に、静けさのうちに過ごし難い時代といっていいかもしれません。しかしながら、内的な静寂なしに物事の正しい選択や判断はし難いものです。幸い、21万坪の自然豊かなキャンパスで過ごす皆さんは、意識すれば、外的な静寂の中に身を置き、それを内的な静寂につなげていきやすい環境にあります。聖堂の存在、アンジェラスの鐘の沈黙の時間も助けとなることでしょう。ただし、いくら外的に静かな環境にあっても、心の中に、執着や不安、雑念等が渦巻いていたなら、内的に静寂であるとはいえないでしょう。
私たちは、日々の生活の中で、あえて「一人になる」(Solitude)時間をもつことが必要ではないでしょうか。これはいわゆる孤独感(Loneliness)とは異なり、騒音や雑念、惰性や他者の中に埋没した状態から、本来の自分に立ち返らせ、真の自由や安定、共生へと促してくれるものです。
心は、良心の声、すなわち神の声が響く場でもあり、一人ひとりをユニークな存在として創られた神様が、各々に与えられた使命について語りかける場でもあります。フィリピンや壮一神父様も、自らの心の深みに丁寧に聴き、日々の選択や、人生の大きな決断をしていったのです。
全世界の聖心が心を一つにして、聖フィリピンの渡米200年祭をお祝いするこの年が、聖女のスピリットを深め、内的な豊かさにおいていっそう成長する年となりますように。
2018(平成 30)年度 始業式にて 校長 シスター大原眞実