フィールド日記
2012年12月
2012.12.01
カラスウリ 名随筆「からすうり」(宮柊二)
2012.12.01 Saturday
「共生の森」でカラスウリの写真を撮りました。カラスウリは夜間に絹糸のレース編みのような花を咲かせることで知られています。その花の受粉を夜行性であるスズメガ科の蛾などが助け、やがて写真のような実に姿を変えていきます。
今日の「今日のことば」では、歌人の宮柊二の名随筆「からすうり」を紹介します。
学校法人聖心女子学院のFacebookで「共生の森」を紹介しました。
http://www.facebook.com/SeishinNetwork
今日のことば
私は毎朝早く家を出て勤務にむかうが、家を出て竹藪沿いに舗道に出るまでのあひだ小径約200メートル、小径のおしまいの30メートルほどを没し隠して草叢があり、草叢の右側は人の邸の石塀、石塀のなか側に杉の木が立っており杉の木の幹に攀縁している烏瓜(からすうり)が見える。
烏瓜はそこにのみあるわけではないが、その杉の木に攀縁している烏瓜は特に美しい。何故なら私が其処をとほるときは一日の時刻の早いころでまだ浄い静かな朝日が一杯に当っており、その中で烏瓜の紅熟した果がそれこそ光っているのである。そんなとき、ふっと憶うことがある。
語っていいのかどうか少し臆するが、実は私は只今の家を移らなくてはならぬことになっている。
人の言葉のままに住居を移さなくてはならぬ寂しさに、自分の家を持ちたい欲望にかられ、夏ごろから駆け廻って、或る一戸を漸く捜し得た。しかし、殆ど約束が決まったとおもった瞬間に崩れてしまった。理由は他にもあるが強いて言へばもうすこし金を用意してあったらと思われる節もあった。
この話を或る友人にある席で案じられて問われるままに話したら、翌日電話がかかってきた。
その足らない十何万円は用立てるからその家を手に入れたらいい、その十何万円は使途あって用意して置いたのだが提供するから遠くに去らないでくれ、という言葉だった。その家は、友人と只今の私の家の中間にあった。しかし、事は済んでしまって再び元に還らないまま私の妻は友人の家へお礼の言葉のみを述べにおとづれた。そして帰ってきて告げるに「帰りの道に烏瓜が一杯なっていて、美しくて」とあった。友人の言葉のかなしさに、妻は烏瓜を見る自分の心を育くんだのだろうか。
烏瓜は一名「たまづさ」と言う。歌の上で枕詞「たまづさの」は「妹」につづくが、これはからすうりのこの麗しいところから出ているのだという一説がある。燦々として赤くかがやく烏瓜を朝光の中に見ると、私は以上の一挿話を憶い出すのである。
道の辺に生ふる烏瓜又の名を玉づさといふと聞けばゆかしく 子規
宮柊二
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