フィールド日記
2017.05.04
ゼンマイハバチ
今年の連休は好天に恵まれ、富士山もほぼ毎日姿を見せています。
ゼンマイの若葉がゼンマイハバチに食べられていました。約1時間後に同じ場所を通過したら、葉は1枚も残っていませんでした。このようにして食べつくされたゼンマイは最初から成長し直します。ところが若葉が育つ頃にゼンマイハバチの第二世代に狙われ、また食べ尽くされてしまいます。これはゼンマイハバチの実に巧妙な生存戦略だと言われています。
今日のことば
春から初夏にかけての季節を、ぼくは子どものころから好きだった。春から初夏にさしかかるころの野山のあの若々しさ、あのなんともいえない息づきとにぎわい。それは子どもの心にも心躍るものだった。しかし、このにぎわいの陰に受難もあることを、ぼくは知るようになった。
山すその道ばたにはゼンマイの若葉が開きはじめている。くるりと巻いた芽がほどけて、まもなく若々しい葉が開く。うれしい春の光景である。けれども目を近づけてその葉を見ると、まだ柔らかい若葉には黒っぽい虫がついていて、若葉を食べているではないか!
ゼンマイハバチ(葉蜂)と呼ばれる原始的な蜂の幼虫である。蜂のくせに巣もつくらず、親蜂はゼンマイの葉に直接卵を産みつけ、まもなく小さな幼虫がかえるのである。
ゼンマイの葉のあちこちに産みつけられた卵からかえった幼虫は、何を合図にしているのか知らないが、みんな葉のてっぺんに集まってくる。そして、みんなでてっぺんからその葉を食い降りていくのである。幼虫の食欲は旺盛だ。二、三日もするうちに、その葉は全部食べつくされてしまう。すると幼虫たちは隣の葉のてっぺんに集まってから、また食べ降りていく。こうして二枚目の葉も食べつくされる。すると幼虫たちは、また隣の葉に移る。
二週間もすると、この不運なゼンマイの株は、その数枚の葉を全部ハバチの幼虫に食べつくされてしまう。そして、十分に育ったハバチの幼虫は、思い思いに土にもぐってサナギになる。
せっかく開いた若葉を食いつくされてしまったゼンマイは、なんとかして巻き返しをはからねばならない。胞子をつけてそれをまき散らし、自分の子孫を残さねば……。そこでゼンマイは、また新しい芽を伸ばす。根に蓄えた栄養を使って、ふたたび新芽をつくり、地上に伸ばしていく。二週間もするとみごと二回目の若葉が開く。
ところがまさにそのころ、地中のサナギから親となったゼンマイハバチがかえってくる。そして、この若いゼンマイの葉に卵を産みつけるのだ。
幸いにして最初の若葉に卵を産みつけられなかった株は、胞子を散らし終え、しっかりした葉を大きく広げている。こういうゼンマイのかたい葉にゼンマイハバチは卵を産まない。葉がかたくて産卵管の歯がたたないし、たとえ産んでも卵がかえらないのだ。だから最初の不運に見舞われて、二度目の若葉を開いた株がかっこうの攻撃目標になってしまう。ハバチは自分がつくりだした季節はずれのゼンマイの若葉で、二代目の子を育てあげる。これは今、東京医科歯科大の生体材料工学研究所にいる大塚公雄君が京大大学院時代に明らかにした、ゼンマイハバチの生存戦略なのである。
ふつう、ハバチの仲間は一年に一回、春先だけ親が現れて植物の葉に卵を産む。卵は若葉にしか産まない。ハバチの卵は産みつけられた若葉から水を吸って孵化するからである。かたくなった夏や秋の葉ではそれができない。だからふつうのハバチは、一年に一回しか繁殖しない。ところがゼンマイハバチという種類は、一年に何回も卵を産み、何回も繁殖する。どうして、そんなことができるのか?
ゼンマイハバチが、ゼンマイという植物をこんなふうにして操作しているからである。
自然は、われわれが思っているほどやさしくはないのだと、ぼくはあらためて感じた。「蜂とゼンマイの春」(日高敏隆)より