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フィールド日記

2012.09.23

ヤマトシリアゲ(ベッコウシリアゲ)

 

 2012.9.23 Sunday

 今日は全国的に最高気温が30度を超える所がなく、ようやく秋らしい空気が日本列島を覆う
一日となりました。思えば、本当に暑い残暑の日々であったと思います。否が応でも温暖化の
ことを思わざるをえない毎日でした。昨日の「秋の30分ハイキング」の時には、温暖化指標の
蝶として知られるツマグロヒョウモンのメスが優雅にすすき野原の上を舞っていました。
今日の朝日新聞の天声人語には次のような一節が載っていました。


 先ごろの朝日川柳が嘆いた通り、まるで「春夏夏冬」の残暑だった。8月下旬から9月中旬、
北日本の平均気温は統計史上の最高を記録したという。遅れがちな秋とは別に、10年の単位で
みても温暖化は確実に進んでいる。



 「春夏秋冬」が「春夏夏冬」になるとは、何とも悲しいことですが、幸い自然界には秋の姿も
きちんと認めることができています。例えば、すすき野原では、夏の黒色のヤマトシリアゲが姿
をひそめ、秋型の鼈甲色の個体がよく見られるようになってきました。完全変態をする世界最古
の昆虫であり、交尾の時に求愛給餌をすることでも知られるヤマトシリアゲですが、夏と秋で体
の色が全く変わってしまうのもこの虫の大きな特徴です。(以前は、「ヤマトシリアゲ」と
「ベッコウシリアゲ」と呼び分けられ、別種と考えられていました。)
季節が失われていこうとしている今、改めて昆虫の季節型に注目してみるのもいいのではないか
と思います。色の変化だけではありません。キタテハのように季節によって体の形が変わるもの
も数多くいます。何万年と続く日本の四季が生んだ自然界の姿です。


 
今日のことば

転機になったのは、作家の雫石とみさんの番組を制作したこと。雫石さんは、極貧の農家に生まれて、
小学校もろくに出ていません。空襲で家族を全部失い、浮浪生活を送った後、施設に入ったんですが、
ひどい扱いを受け続けた。その彼女が45歳のある日、大学ノートを買って、日記をつけ始めた。
それ以来、書くことが支えになり、やがて作文コンクールに応募して、労働大臣賞をもらう。
それまで見下され、ののしられることしかなかったのに、生まれて初めて人間として認められたんですね。
その後も書き続け、65歳で最初の本を出しました。
87年に雫石さんは、日雇いの仕事でコツコツためたお金を寄付して、「銀の雫文芸賞」という文学賞を
作ったんです。なぜ蓄えを全部はたいて賞を作ろうと思ったのか。書くこと、読むこと、言葉が自分を
変えてくれた、救ってくれたという思いがあったんですね。97年、築40年の木造アパートに86歳の彼女
を訪ねた時、「日記がなかったら、とっくに自殺してますよ」とおっしゃった。「書かなければ生きられ
なかったの」と。その言葉をいただいて「書かなければ生きられなかった」という番組にしました。
その時、自分が何をすべきなのか、はっきり見えた。仕事が自分の人生にカチッとはまったんです。
目指すものが見えると、もう他の人のことは気にならなくなりましたね。
今、不安を抱えている人たちには、志を持つことで救われますよ、と言いたいですね。不況で職を失っ
ても、それはあなたの人間性のせいじゃない。自分が本当に何をしたいのかをちゃんと見つめて、自分
の言葉、志として持っていれば、それが必ず支えになってくれる。志というと、世のため、人のためみた
いに思いますけど、そうじゃない。志は自分を救うんです。                                                      

山根基世