フィールド日記
2012.06.05
ナワシロイチゴ
2012.06.05 Tuesday
すすき野原にナワシロイチゴの花がたくさん咲いています。苗代をつくる頃に咲くことから「ナワシロイチゴ」と名付けられましたが、今年の田植えはゴールデンウィークの頃に終わってしまっています。このずれは田植えの時期が徐々に早まってきたことから生まれました。植物の名前から人間の生活の変化を知ることができる一つの例です。
この花の実でおいしいジャムをつくることができます。

今日のことば
ある時わたしの母親は、一粒のりんごの種をわたしに手渡してこう言いました。「それを割ってみて中になにがあるか見なさい」と。わたしはその種を手で開いてその中を見ました。母は聞きました。「何が見える?」と。「いや何も見えないのだけど」とわたしは答えました。お母さんはこう言いました。「その種の中にはね、大きな木一本がすでに入っているのですよ」と。
サティシュ・クマール
2012.06.04
セッコクとハナバチ
2012.06.04 Monday
ラン科のセッコクが花の盛りを迎えています。芳香を感じながら写真を撮っていると花の中から小さなハナバチが出てきました。セッコクの受粉にもってこいの大きさです。おそらくセッコクは、進化の過程で虫の大きさに合わせて自分の形を変えてきたものと思われます。


今日のことば
命が生まれてきた根はみんな一緒。
どんな命も、愛するからこそ美しいと思うんです。
熊田千佳慕
2012.06.03
ルリタテハの幼虫

2012.06.03 Sunday
どこかにいるに違いないと思いながら、なかなか出会えなかったルリタテハの幼虫に第二牧草地で初めて出会うことができました。今日、確認したのは、サルトリイバラの葉を食べる2個体です。ルリ色の模様が美しい、あのルリタテハがどうして幼虫の時にはこのような姿をしているのか、考えてみれば実に不思議なことです。成虫は雑木林の樹液に集まります。
「夏休み子供自然体験教室」では美しい成虫の姿も見られたらと願っています。
今日のことば
いちばん大切なのは価値の相対主義に陥らないということです。すべての人がほんとうにわれわれ自身みずから真の価値というものを探求していくという、そのことがほんとうの意味での哲学だと思うのです。知に対する愛だと思うのです。
岩崎武雄
2012.06.03
コフキゾウムシ

2012.06.02 Saturday
クズの葉の上にコフキゾウムシがいました。粉をふくゾウムシという意味で「コフキゾウムシ」と名付けられています。青っぽい体色に見えますが、粉をとってしまうと全く違った地味な色合いのゾウムシになってしまいます。クズの葉の上にいることが多いゾウムシですので、青い色が保護色になっているのかもしれません。
今日のことば
愛することもまたいいことです。なぜなら愛は困難だからです。人間から人間への愛、これこそ私たちに課せられた最も困難なものであり、究極のものであり、最後の試練、他のすべての仕事はただそれのための準備にすぎないところの仕事であります。
リルケ
2012.06.01
モリアオガエルのオスとメス マダラヒロズコガの幼虫
2012.06.01 Friday
今日から6月です。今年はじめてレモン色をしたコマルハナバチのオス(ライポン)を見ました。
昨日の夜、職員室の近くのドアにモリアオガエルがはりついていました。大きい方がメスで小さい方がオスです。体の大きさの違いがよくわかります。今日も一日中、モリアオガエルの声がよく聞こえていました。体色の違いや鳴き方の違いなど、モリアオガエルだけでも研究テーマがたくさん出てきそうです。

5月16日に高校1年生と森づくりの予定地を見学に行った時に見つけた不思議な物体の正体がわかりました。マダラヒロズコガというチョウ目ヒロズコガ科の幼虫のミノでした。
2枚目の写真では、幼虫も少し顔を出しています。


今日のことば
昆虫の生態を研究していた昆虫学者アンリ・ファーブルが
昆虫の中に見られるふしぎさに心打たれて
『わたしは神さまを信ずるだけでなく神さまを見ているのだよ』とその友人にいったといわれている。』
一本の草 一匹の虫にでも神様の英知を見るすばらしい知恵 心の眼をもつようにしたい。
片山善次郎
2012.05.31
モリアオガエルの卵塊
2012.05.31 Thursday
今日は一日中、よくホトトギスが鳴いていました。夕方には、鳴きながら空を飛んでいくホトトギスの姿を目撃することもでき、古典詩歌の世界の中に自分がいるようでした。
もう一つよく聞いたのは、モリアオガエルの鳴き声です。築山の池の卵塊が一日で三つも増えたのにも驚きました。何が産卵を誘発しているのか、興味深いです。


今日のことば
私が病気で動けなくなったときに、一番辛かったことは、人に何かをしてあげられないことであった。逆にいえば、人に何かをしてあげて、喜ばれることが何よりもうれしいということである。この喜びは、私だけにとどまらず、多くの人に共通している。
柳澤桂子
2012.05.30
オサムシ
2012.05.30 Thursday
不二聖心でもオサムシが頻繁に見られるようになってきました。アオオサムシやマイマイカブリなどのオサムシ類は上翅はありますが下翅は退化しているために飛ぶことができないため、移動能力の低い甲虫として知られます。そのために生息場所の違いによって種分化がおこることも多く、世界的には地球の歴史を語る昆虫として注目されてきました。写真のオサムシは、シズオカオサムシやアオオサムシなど、いくつかの種の可能性がありますが、写真からだけでは判断ができません。辛抱強く同定の努力を重ね、この地域のオサムシ相について明らかにできれば、オサムシの分布が静岡県東部の地理的な歴史について何かを語ってくれるかもしれません。

今日のことば
The Earth does not belong to man,
man belongs to the Earth.
All things are connected.
Chief Seattle
2012.05.29
サムライコマユバチ
2012.05.29 Tuesday
5月20日に雑木林でマイマイガに寄生しているサムライコマユバチの繭を見つけました。蛾の幼虫の体内に寄生したサムライコマユバチが体外に出てきて繭になったものです。
寄生された幼虫の体内では蛾の寄生血球が異物を排除しようとしますので、寄生蜂は内部寄生を成功させるためにさまざまな工夫を凝らしています。繭の数の多さは、生存戦略の表れの一つと言えるでしょう。

2枚目の写真は、羽化したサムライコマユバチです。

今日のことば
旅人である私たちは、みな、もとはそこから来た、そしていつの日にかはかえりつこうとしている父の家へのふかい里心、郷愁といったものをもってうまれています。そして、その旅の道すがら、人々のやさしさに会ったとき、人にあいされたとき、あるいは自然のけだかさ、美しさを目のあたりにしたとき、えもいわれぬ感動に心をゆさぶられるのは、みなこの里ごころゆえなのです。というのも、そのようなとき、私たちはこれらの中に、私たちをつくりたもうた神の完全さをおもい出すからです。おもい出すだけではありません。しらずしらずのうちに、私たちは、これらの中に、神につくられたものの、つくりたもうたおかたにたいする渇望をかんじとるからです。
外国人にくらべて、たしかに日本人は自然にたいするおどろくほどの感受性にめぐまれているようです。おなじように「花が咲いた」と云っても、それが私たち日本人の心の中によびおこす感情は、西洋人のそれにくらべてずっと複雑で、ずっとうるおいのある、やさしさーー愛がこもっていることは、私ひとりの結論ではないとおもいます。私はいつもこう思うのです。これこそは、私たち日本人が、自然の中に永遠をみつめるーー云いかえれば、自然をとおして神の観想にいたることへの、特別な召命を証拠だてていることになりはしないだ
ろうかと。
須賀敦子
2012.05.28
幻の紅茶を摘む アンネのバラ
2012.05.28 Monday
先週の中学生のお茶摘みの様子が岳麓新聞に掲載されました。

今年もヴィラフジの近くのアンネのバラが美しく咲いています。平和のシンボルとして大切にしたいバラです。


今日のことば
やがて私にも目覚めない朝が来る。
今日は恵みによって目覚めることができた。
さあ、アンネの仕事をしよう。
オットー・フランク
2012.05.27
コアシナガバチの営巣 鹿の角
2012.05.27 Sunday
ブナ帯に生えるフジイバラを不二聖心の林道で冬に見つけて以来、花が咲くのを楽しみに
してきました。ところが今日、様子を見に行ったらすべて枯れてしまっていました。枯れ枝
にはコアシナガバチが巣を作っていました。時々、このように雨ざらしの場所に巣を作る個
体がいます。

林道で鹿の角を拾いました。二十年以上、不二聖心で教えていて自分で鹿の角を拾ったの
は初めての経験でした。

今日のことば
わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ。
コリントの信徒への手紙
