シスター・先生から(宗教朝礼)

2026.09.09

2026年9月9日放送の宗教朝礼から

  カトリック教会では9月1日から10月4日は、「すべてのいのちを守るための月間」として過ごします。「すべてのいのち」とは、神様がおつくりになったすべてのいのち、ということです。私は、「いのち」というと身近な人のいのちについて考えがちです。今日は人ではない他の生き物のいのちについて考えてみたいと思います。

 さて、皆さんは「カカポ」という鳥を知っていますか。もしかしたら、動画などで見たことがあり、知っている人もいるかもしれません。私は約1年前まで、カカポの生態はおろか、名前すら知りませんでした。
 皆さんの中にも、カカポを知らないという人も多いのではないかと思うので、少しカカポについて説明しますから、是非想像してみてください。「カカポ」はニュージーランドのある島の原住民マオリ族のことばで「夜のオウム」という意味だそうです。その言葉が表すように、カカポは夜行性のオウムです。羽毛は黄緑色。体長は60cm程度ということですから、私たちが目にする鳥類の中ではカラス程度のいわゆる背の高さになります。でも、体重はカラスよりもだいぶ重く、カラスに小型犬、例えば、トイプードルが乗っている程度になるほどで、最も重いオウムとも言われています。そして、多くの鳥類とは異なり、飛ばない鳥です。
 私がこの鳥、カカポと出合ったのは、ある大学の生物の入試問題を通してでした。授業で『生物の相互作用(生物どうしの関わり)』を学んだ後に、クラスの生徒たちに、その知識を実際に活用してほしいと考えて、いろいろな問題の中からその問題をプリントにして授業にもっていきました。問題として扱う題材はカカポでなくても、何でも良かったので、カカポについては、特に調べることなく、解答例や解説の準備をして授業に向かいました。
 ちなみに、その入試問題には、カカポをとりまく状況、例えば、カカポは国際保護連合によって、絶滅の恐れが最も大きい「深刻な危機」に分類されること、カカポを捕食する(捉えて食べる)ネコやネズミなどの外来生物との関係、また、ネコがいなくなった場合のネズミやカカポの個体数の変動などが示されていて、基本的な語句を問うような問題の後に、いくつかの条件を付けて「この島でカカポを保全するためにどうすべきか。」という問いがありました。
 授業は、高校生物の総まとめの時期の授業時間だったため、それぞれが解いて解答の確認をするだけでなく、グループや、クラス全体でどのような解答とすべきか意見を出しあっていたときだったと思います。何人かの生徒たちが小さな声で、「こんな問題解きたくない・・・」「ありえない・・・」などと話しているのが聞こえてきました。
私は、「自分で説明するような問題で、加えて条件もあって、難しく感じているのかもしれない」と思い、問題を解く上でのヒントを示すことができればと思って、なぜそのように思うのか尋ねてみました。すると、問題の説明の一部に、「カカポを捉えて食べるネコの駆除」について示されていたこともあったためか、「カカポが絶滅の危機に瀕しているとはいっても、ネコを駆除するだなんて、ありえない。」「ネコの駆除を考えるなんて、そこまでして固有種を守る意味があるのだろうか」というような考えからくる発言でした。
 その言葉を聞いて、衝撃を受けました。一つは、問題を解くにしては、少々感情的ということ。もう一つは、自分自身は全くそのようなことを考えなかったということです。
生徒たちは、紙面からも「いのち」の重みを受け取っているということがよくわかりました。一方、私は、問題に示された設定や条件から、求められる記述は何かだけを考えて、カカポにも興味をもたず、問題に指定された「駆除」の語はどこで使おうかなどと考える程度だったのです。これまで、いくつもの学年で環境問題や生物多様性についてお話ししてきたのに、本当に情けない話です。
 この経験を通して、いのちを守るとは、単に知識や条件で判断することではないことに改めて気づかされました。あのとき生徒たちが示したように、紙の上の出来事であっても心を痛め、一つのいのちに向き合おうとする感性こそが、すべてのいのちを守るための第一歩なのではないかと思っています。
 皆さんもこの「すべてのいのちを守る月間」に、身のまわりにある普段はあまり目を向けないような様々な「いのち」に、今一度思いを寄せてみてください。
 これで宗教朝礼を終わります。

S.S.(理科)