シスター・先生から(宗教朝礼)
2026.02.11
2026年2月11日放送の宗教朝礼から
私はこの冬休み、娘と一緒に映画「ズートピア2」を観ました。2の鑑賞前に前作の「ズートピア」も初めて観たのですが、これほどの名作を10年も放置していたなんて、自分でも勿体無いことをしたと、今さらながら後悔しました。
ズートピアとは物語の舞台となる都市の名前です。動物園「ズー」と理想郷「ユートピア」を組み合わせた名前の通り、かつては敵対していた肉食動物と草食動物が、種族の違いを超えて共に暮らす巨大都市です。ズートピアでは「誰でも何にでもなれる」という輝かしい理想が掲げられ、様々な動物たちが共に暮らし、自由で平等な多文化共生社会 が実現している、ように見えます。けれど、実際には様々な問題を抱えており、そしてそれらは、私たち人間社会が抱える課題と鏡合わせのように対応しています。
例えば主人公のウサギのジュディは、警察官になりたい、と小さい頃に宣言しますが、友達からは馬鹿にされ、両親からもこれまで警察官になったウサギはいない、とたしなめられます。警察学校に入った後も苦労は続きます。様々なトレーニングのあり方、トイレや会議場など警察学校の設備や制度そのものが、大型動物向けに設計され、小動物にとって適切ではないものでした。私たちの社会でも、職業選択の自由、ジェンダー平等などが謳われつつも、現実には政治や経営、社会生活の場が、特定の属性を持つ人々にとって有利な設計となり、その設計に合わない人たちを排除していることがあります。
ズートピアで肉食動物が皆優遇されているわけでもありません。もう一人の主人公、キツネのニックも、周囲からはキツネだというだけで「ずる賢い」「嘘つき」「詐欺師」というレッテルを貼られ、幼い頃には自身の夢を諦めた経験がありました。ズートピアの理想の裏側には根深い偏見、そしてそこから生まれる差別がありました。偏見を嫌い、正義感あふれるジュディですら、キツネのニックに初めて話しかける際、無意識に「キツネよけスプレー」に手を伸ばしてしまう場面が描かれていました。
「多文化共生」という言葉は耳に心地よいものですが、そう簡単に実現できるものではないようです。自分と異なる価値観、文化、習慣を持つ「他者」と隣り合わせで生きることは、時に摩擦を生み、苛立ちや疲れを引き起こします。私たちが無意識にもつ偏見から逃れるためには、どうしたら良いのでしょうか。
北九州市で30年以上にわたりホームレス支援や困窮者保護に力を尽くし続けている、NPO法人「抱樸(ほうぼく)」の理事長で牧師である奥田知志(おくだともし)さん、という方がいらっしゃいます。この方がある対談で、次のように語っていました。
時々、私が(ホームレスの方に)「いや苦労されましたね。わかりますよ。本当にしんどかったね」って言った瞬間に、「おまえに俺の何がわかるんだ」ってぼろくそに怒られることがあるんですよ。やっぱり人間って簡単にわかってもらっちゃ困るんです。人間の尊厳というのは、厳しいものですよね。尊く厳しいのが尊厳です。他者である限りは乗り越えられない壁がある。絶対的な他者性みたいなものの前で、しかし、「おまえのことなんかわかるか」で終わらせるんじゃなくて、それでもそのおじさんの話を聞こうとする。共感も大事だけど、共感が不可能だっていうことにまず共感しないと始まらない。「共感不可能性の共感」なんて言い方をしてきましたが、ここを無視して一足跳びに共感を目指しちゃうと、一足跳びに答えを探している世界と変わらない。それは当事者に対して失礼な話になる。
皆さんの不二聖心での生活も、一つの小さな「ズートピア」かもしれません。皆さんは授業や奉仕活動、友人との関わりを通して、自分とは異なる「他者」と出会ってきましたし、これからも出会っていきます。その際、相手を自分の物差しでカテゴライズし、分かったつもりになる誘惑に駆られることもあるでしょう。ここで大切なのは、相手との違いを安易に埋めることではなく、自分の中にある偏見を自覚し、葛藤を抱えながらも、粘り強く目の前にいる一人の『あなた』という存在に深く向き合い、じっくりと対話を続けていくことではないでしょうか。先日行われた中学校国語弁論大会でも、この偏見と差別について語ってくださった方がいて、とても嬉しく思いました。
映画「ズートピア」の中で、ある行為によってニックを深く傷つけてしまったジュディは、一度ニックと離れます。しかしその後、橋のたもとでニックに謝り、事件解決に向けて二人は再び手を取り合うのでした。橋、という舞台はとても象徴的です。歴代の教皇様も、しばしば分断の象徴として「壁」、相手とのつながりの象徴として「橋」、の言葉を使われてきました。
最後に、レオ十四世教皇様の言葉を紹介します。昨年、教皇選挙によって選出されたあとの、最初の挨拶です。
「わたしたちはキリストの弟子です。キリストはわたしたちに先立って歩んでくださいます。世界はこの方の光を必要としています。人類は、神とその愛に達するための橋として、この方を必要としています。皆さんもわたしたちを助けてください。対話と出会いによって互いに橋をかけるために。わたしたちが皆、一つに結ばれて、常に平和のうちにある唯一の民となることができるために」
高校3年生にとっては、不二聖心で過ごす日々も、いよいよ残りわずかとなりました。皆さんはこれまで、この学び舎の中で、多くの「橋」を多くの人との間に架けてきました。不二聖心で学んだことを大切にして、それぞれの次のステップでも「壁」を壊し、「橋」を架ける人として、活躍していってほしいと願っています。
これで宗教朝礼を終わります。
参考文献・映画
ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ「ズートピア」(2016年、バイロン・ハワード監督)
奥田知志・永井玲衣「『希望のまちプロジェクト』レポート 人と人との『間』から」(集英社「すばる」2026年1月号p61)
教皇レオ十四世の最初の祝福 サンピエトロ大聖堂バルコニーにて
https://www.cbcj.catholic.jp/2025/05/09/32332/
S.N.(社会科・地歴公民科)





