シスター・先生から(宗教朝礼)
2025.10.23
2025年10月22日放送の宗教朝礼から
皆さんは、おこづかいやお年玉をどんなことに使っていますか?休み時間にお友達とジュースを買ったり、休日にアクセサリーや洋服を買ったり、テーマパークで楽しむために使うこともあるかもしれませんね。好きな本を買うことや、参考書を買ったり、自分の将来のために使っている人もいるかもしれません。
私も社会人になってから、好きな洋服やアクセサリーを買ったり、その日の気分で食べたいものを自由に選べるようになりました。そして、私も皆さんと同じように好きな勉強をするために参考書を買ったりもします。最近では韓国語の参考書を買ったりと、世界を広げるために使ったりもしています。お金は自分の視野を広げてくれる大切なものであると日々感じ、大切に使っています。
でも、「お金って本当はどう使うのが大切なんだろう?」と考えるきっかけになった出来事が、小学生のときにありました。私は小学校3年生のときに、父の仕事の都合で転校することになりました。新しい学校になじめず、さみしい思いをしていたとき、綾乃ちゃんというクラスメートが声をかけてくれました。私たちは放課後に公園で一緒に遊ぶようになり、お菓子を持ち寄ったり、携帯ゲームをしたりして楽しい時間を過ごしました。
ある夏の日、母が私と綾乃ちゃんの分として、つぶつぶミカンジュースを2本持たせてくれました。公園に行くと、綾乃ちゃんは大きなポテトチップスを持ってきてくれていて、私たちはお菓子とジュースを交換して食べていました。
しばらくすると、クラスの男の子2人がやってきて、「そのジュース飲みたい!」と言いました。私のおうちは公園のすぐ近くにあったので、私はうれしくなり、母に「友達が増えたから、ジュースをもう2本欲しい」とお願いし、母は家の中から持ってきてくれました。
でも汗をかいていた男の子たちはすぐに飲み干し、「おかわりちょうだい!」と何度も何度も言ってきました。そのたびに私は母にジュースが欲しいと頼みに行きましたが、最後には母が「もうあげられないよ」と言いました。
その夜、母は私にこう話してくれました。「このジュースは私やお父さんが苦しい思いや辛い思いをして、手に入れたお金で買っているものなんだよ。今は1円はとても小さなものに感じるかもしれないけれども、一円は汗一滴の苦労でやっと得られるものなんだよ。」
私はその言葉を聞いて、家族の努力に甘えて、無意識にお金を湯水のように使っていたことを恥ずかしく感じました。それ以来、お金はただ使うものではなく、大切に使うべきものだと学ぶことができました。
そして今、私は温情の会委員会の顧問として、寄付やボランティアと関わる機会も増えました。寄付とは、誰かのために自分の何かを差し出すことです。たとえば、World Smiles Lunch ではその日のおかずの100円分で、自分の楽しみをちょっと我慢して、誰かを助けることができます。その100円が、誰かの心をあたためたり、命を守るきっかけになったりすることもあります。
最近では、寄付の方法もいろいろあります。電子マネーでタッチするだけでできる寄付や、特定の商品を買うことで一部が寄付になる仕組みもあります。しかし、World Smiles Lunchで行っている封筒に100円を入れることや、募金箱に入れるという昔ながらの方法も、そこに誰かがつながっているという実感を持つことができる大切な手段です。
また、寄付とはお金だけではありません。毛布を編んで寒さに苦しむ人に届けることも、誰かを助ける立派な寄付のひとつです。自分にできる形で寄付をする。それがとても大切だと私は思います。
そして、お金や物を寄付するだけではなく、どこに寄付するのか、それがどう役立っているのかということも、これからのみなさんにぜひ考えてほしいと思います。寄付の先には、困っている誰かが必ずいます。寄付とは、思いやりややさしさを届ける方法です。自分にとって無理のない形で、でも心を込めて差し出すことが、誰かの希望や安心につながっていきます。ぜひこれから、自分にできる寄付って何だろう、誰の役に立てるだろうと、考えながら寄付やボランティアをしてみてください。
K.M.(理科)











