シスター・先生から(宗教朝礼)
2013.10.23
2013年10月23日放送の宗教朝礼より
みなさんは「釜ヶ崎」という場所を知っていますか。釜ヶ崎とは大阪市西成区にある地域の名称です。別名で「あいりん地区」とも呼ばれています。日雇い労働の求人業者や求職者が多数集まる場所です。東京地区の人は山谷に奉仕活動に行くと思いますが、関西でいう山谷のような土地です。
私は昨年、人権教育の研修で釜ヶ崎を訪れる機会がありました。テレビなどで釜ヶ崎のことを少し聞いたことがありますが、労働者の街、生活に困っている人が多いというくらいしか知識はありませんでした。そして、テレビ番組で見た生活保護費の不正受給、住民票の不正登録などのネガティブな印象しかありませんでした。しかし、実際に現地に行くことでこれまでの認識や価値観というものが大きく変わってきました。
私たちを釜ヶ崎に案内してくださったのは日雇い労働者の一人でもあるMさんでした。その方はかつて日雇い労働者と反社会的勢力との闘いである釜ヶ崎共闘にも参加したことがあります。
ここではこれまで何度も暴動が起きています。そういうニュースを見るたび、人々はますますネガティブな印象を持ちます。ただ、最初の暴動のきっかけはある日雇い労働者の方が交通事故に遭い、現場に駆け付けた警察が明らかに死んでいるとは確認しないまま即死と判断し、遺体を放置したまましばらく現場検証をしたことでした。つまり、この暴動は単純に労働者たちが暴れたというわけではなく、人間の尊厳をかけての抗議だったのです。
視察中、よく目にしたのが簡易宿泊所です。簡易宿泊所とは安く宿泊できる施設で、かつては日雇い労働者が多く宿泊していたが、現在では外国人観光客など様々な人が利用しているようでした。また、かつては簡易宿泊所だった所が福祉マンションと名前を変えて営業しているところもあります。福祉マンションに住んでいれば住民票を置くこともできるので、必要な社会保障を受けることもできます。そのため高齢となった日雇い労働者の方々が多く住んでいるようです。このような光景を見ていて、高齢化の波が釜ヶ崎にも来ているのだと気づきました。
そして、道路わきには不自然なポールが置かれていました。これは日雇い労働者たちが野宿をしないよう排除することが目的のようです。近隣住民からすると野宿をされると迷惑かもしれないが、日々の生活がやっとという人からすると貴重な居場所が失われるということでもあります。
「なぜ人々がこの釜ヶ崎にやってくるのか?」という質問が参加者から出ていました。理由は様々なようです。仕事を求めてやってくる人、家族と絶縁してやってくる人など。ここには引き取り手のなかった無縁仏を納める場所もあるようです。
研修の締めくくりに、ある神父様のお話を聞くことができました。この神父様によれば「神はいちばん貧しく小さくされた者と共に働く」と聖書は解釈できるようです。それゆえにこの神父様は以前から長く、ここ釜ヶ崎の支援に努めてきました。
自分たちが見ているテレビ番組などのメディアは、強い立場の側の視点で作られているように時々感じます。釜ヶ崎の労働者が生活保護の不正受給をした、暴動を起こしたなどと聞くと、すごく彼らにネガティブな感情を持ってしまいます。だけど実際に現地に行き、見たり話を聞いたりしていると必ずしもすべての人がそういう人ではないということにも気づくことができます。また犯罪行為は擁護できないが、その犯罪行為をさせる背景にどのようなことがあるのかを考えさせられます。
いまの日本には強い者ではなく弱者を叩く風潮があるように感じます。誰もが勝ち組になりたいがために、流れに乗って強者の側に立とうとしている人が多いように感じます。なんだか心の貧しさを感じずにはいられません。視察の最後に案内をしてくださったMさんが「ここには人を蹴落として上に立とうとする人はいません。人を蹴落とすのが嫌でここに来ているのです。」とおっしゃっていました。この言葉が示す意味はとても大きなことではないでしょうか。生き方を考えさせられた研修でした。皆さんも「いかに生きるか」と、考えてみてはいかがでしょうか。
We shall never be alone as we link our hearts in one.
K.K.(社会科)
参考文献
神田誠司『釜ヶ崎有情すべてのものが流れ着く海のような街で』(講談社、2012年)
水野阿修羅『その日ぐらしはパラダイス』(ビレッジプレス、1997年)