校長室から
2014.09.04
中高別朝礼の話(2014年9月2日、4日)
この夏、ある方から『アンが愛した聖書のことば』という本を送って頂きました。聖書のことばが織り込まれた12の章から構成されたエッセイです。
まず、杯の内側をきよめなさい。
そうすれば、外側もきよくなります。(マタイ23章26節)
このような聖書のことばで始まる第3章では、グリン・ゲイブルスに来て間もなく、初対面のリンド夫人から、「赤毛とそばかす」をあからさまに批評され癇癪をおこすアンの姿が描かれています。そんなアンですが、マシュとマリラという家族とのかかわりの中で、少しずつ変化していき、ついにはリンド夫人をして「この3年の変わりようは驚きだね。とくに見てくれだ。きれいな娘になったもんだ。」と言わしめるような魅力的な娘へと変わっていきます。
「神の愛は人を通してあらわされる。その愛を体験していくうちに、人の内側が潤ってくる。内側が変わると、不思議なように顔つきが変わる。潤いが見えるようになる。」そんなアンの美しさは、「精神の輝きが内から光を放つような美しさだ」とこの本の筆者は語っています。
毎年9月、生徒たちは学年ごとに「祈りの会」をもちます。日常の喧騒から離れ、自分の内面や友とのかかわり、社会の中で起こっている現実を見つめ直す一一、このような2日間を6年間繰り返すことを通して、日々の生活の中でも自分の「内側」に対する意識を深めていくことの大切さを自然に習っていくようです。毎年、この時にだけ手渡される「祈りの会ノート」は、その人だけの6年間の魂の記録です。
生徒達は、同じく秋に行われる秋のつどい(学院際)等の動的な行事とは異なる祈りの会の意味を知っています。けれども本当にその価値を知るのは、卒業後のことかもしれません。