<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>

<rdf:RDF
 xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
 xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
 xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
 xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
 xml:lang="ja"
>

<channel rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/feed/rss10/">
<title>シスター・先生から(宗教朝礼)</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/</link>
<description>シスター・先生から(宗教朝礼)</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<dc:date>2026-07-03T03:03:03+09:00</dc:date>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96132/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96131/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96130/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96129/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96128/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96127/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96120/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96121/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96118/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96113/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96103/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96101/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96091/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96077/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96066/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96065/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96058/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96057/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96055/" />
<rdf:li rdf:resource="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96050/" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96132/">
<title>2026年6月24日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96132/</link>
<description>&#160;　みなさんには、「心が帰る場所」がありますか？
　「心が帰る場所」―私自身にもこの言い方が合っているのかどうかわからないのですが、それは、自分自身が安心して、落ち着ける場所のことだと私は思っています。それは物理的な、実際の場所のこともあれば、自分自身の中にあるものではないかとも思います。
　以前、祈りの会でチャプレンの牧山善彦神父様がこのようなお話をしてくださいました。「怒りや疲労、孤独、飢餓を感じたときに、心を空っぽにして、まずそこに自分をおいてみる。自分がつらい気持ちやどうしようもない気持ちになったときに、そこに自分をおくことでふっと自分の心が軽くなって、安心できる場所というのが私たちには必要であると思うのです」と。カウンセラーの先生もおっしゃっていました。「『ハウス』というのではないですが、自分の安心できる場所があるといいですね。何かあったときや、心を落ち着けたいなと思ったときに、ここに入れば安心だ、と思えるような場所を作っておくといいですよ。そこは誰にも左右されない、自分だけの自由な場所です。」
　数年前のお二人のこのようなお話から、私はこの場所を「心の帰る場所」と名づけて、自分にとっての「心の帰る場所」とはどんなものなのだろうと考えてきました。まず一つ思いついたのは、子供の頃にずっとベッドの頭上に飾ってあったぶどうの木の絵。聖書の言葉が書かれていたその絵は、今思えば御絵と呼ばれるものだったのだと思います。毎晩寝る前にその御絵を眺めながら、今日あったことや今自分が考えていることなどを思い巡らす時間、それが子供の頃の私の「心の帰る場所」であったように思います。
　もう一つ、不二聖心に勤めるようになってから、私が「心の帰る場所」としてイメージするものがあります。それは「感ずべき御母」のお姿です。みなさんも教室で「感ずべき御母」のお姿を毎日見上げていることでしょう。祈ること、学ぶこと、働くことの大切さを私たちに示してくださるマリア様は、目を伏せて静かに思いをめぐらせています。背後には希望を感じさせてくれる夜明けの空。私はいつの頃からか、心を落ち着かせようとするときに自然とこのマリア様のお姿が脳裏に浮かぶようになりました。心が穏やかでないときや、大変だな、と感じるとき、マリア様が目を伏せているお姿を想像すると、自然と気持ちが落ち着きます。目をあけるとそこには黎明の空が広がっていて、また頑張ろうと思えるのです。
　少し話は変わりますが、「感ずべき御母」のお姿に私が重ねるものがあります。10年以上前のことになりますが、聖心の姉妹校の先生方が集まる研修会に参加したときのことです。夜の食事のあとに、みながなんとなくグループを作って歓談する中で、私はあるシスターのもとにいました。不二聖心にもいらっしゃったことのあるシスターです。そのシスターに、小林の先生が、「シスターはなぜシスターになったのですか？最初からシスターになろうと思っていたのですか？シスターになった経緯を知りたいです」と言いました。私はちょっとびっくりしました。そういう踏み込んだ話を無邪気に聞いていいものかどうか戸惑ったからです。しかし、シスターは静かにお話をしてくださいました。シスターは聖心の学校で学ぶ中で、もともとシスターになりたいという強い気持ちをお持ちでした。ただ、お母様を早くに亡くし、ご商売をしていた家にはお父様と下にごきょうだいたちが残された、家事を切り盛りしながらお父様やごきょうだいのお世話もするということで、いったんシスターになる夢はおいておき、ご家族に尽くすことを決めたそうです。しかし、そうした後でゆくゆくは必ずシスターになり、神様にお仕えしたいのだという決意をお父様に伝えたところ、お父様が即座に、「それはいけない。神様にお仕えするのに、そんな使い古しのような娘をお捧げするわけにはいかない。」とおっしゃったそうです。「今すぐにでも神様にお仕えする準備をしなさい」というお父様の言葉に後押しされ、私はシスターになれました、というシスターのお話が私の心に強く残りました。特に、お父様の神様への深い敬愛の念が心に響いたのです。シスターのお話にはまだ続きがあります。シスターになるための修練のため、シスターは不二聖心にいらっしゃったこともあるそうです。その頃はまだ、寄宿生の食事をシスター方や修練生で作っていて、一回の食事にたとえば何百個ものジャガイモの皮を一人でむくこともよくあったそうです。「何百個って&#8230;」と私たちが言うと、シスターは「そうね、200個とか300個とか。」とお笑いになりました。「でもね、それは全然苦ではなかったの。神様の元で働かせていただいているのだと思うと、それはもう喜びでした。」とおっしゃるシスターは昔を思い出しているようでとても楽しそうでした。「私はそのままここでずっと地道にジャガイモをむいていたいとも思ったけれど、聖心会のシスターは女子教育という使命があります。教育の場で女子生徒を育てるということが聖心会のシスターに与えられた大切な役割なので、後ろ髪をひかれる思いはあったけれど、不二聖心を離れました」。これが、そのときうかがったシスターからのお話です。
　この後から今まで、私は何度もこのシスターのお話を思い出します。若いシスターがジャガイモをむいている、その姿は私の中でいつのまにかキッチンを出て、広々としたオークヒルの真ん中で一心に仕事に取り組むイメージになっていきます。そしてそこに、いつのまにか「感ずべき御母」が寄り添って、２人は言葉をかわすことはなくても、神様への敬愛の念で強く結びついています。神様に一心にお仕えするその清らかな姿は、私の心も清々しくさせてくれ、次の希望に向けて進む勇気を与えてくれます。
　感ずべき御母の祝日は10月なので、ちょっと時季外れの話だなと思っている方もいらっしゃるでしょうが、1ヶ月少し前に、私は父を亡くしました。高齢でしたし、それなりの覚悟もあったこともあり、普段はそれほど落ち込むこともなく、普通に過ごせていますが、やはりふとした瞬間に、悲しみやどうしようもない気持ち、後悔の念などが襲ってきます。そんなとき、感ずべき御母やジャガイモをむくシスターのお姿を思い浮かべると、救われるような気持ちになるのです。
　みなさんには、「心が帰る場所」がありますか？
　つらくなったり、悲しくなったり、どうすることもできないような気持ちになったとき、その場所は自分を助けてくれ、支えてくれると思います。

　これで、宗教朝礼を終わります。

M.S.(国語科)</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-06-24T13:45:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin178227646615124200" class="cms-content-parts-sin178227646615145300"><p>&#160;　みなさんには、「心が帰る場所」がありますか？</p>
<div>　「心が帰る場所」―私自身にもこの言い方が合っているのかどうかわからないのですが、それは、自分自身が安心して、落ち着ける場所のことだと私は思っています。それは物理的な、実際の場所のこともあれば、自分自身の中にあるものではないかとも思います。</div>
<div>　以前、祈りの会でチャプレンの牧山善彦神父様がこのようなお話をしてくださいました。「怒りや疲労、孤独、飢餓を感じたときに、心を空っぽにして、まずそこに自分をおいてみる。自分がつらい気持ちやどうしようもない気持ちになったときに、そこに自分をおくことでふっと自分の心が軽くなって、安心できる場所というのが私たちには必要であると思うのです」と。カウンセラーの先生もおっしゃっていました。「『ハウス』というのではないですが、自分の安心できる場所があるといいですね。何かあったときや、心を落ち着けたいなと思ったときに、ここに入れば安心だ、と思えるような場所を作っておくといいですよ。そこは誰にも左右されない、自分だけの自由な場所です。」</div>
<div>　数年前のお二人のこのようなお話から、私はこの場所を「心の帰る場所」と名づけて、自分にとっての「心の帰る場所」とはどんなものなのだろうと考えてきました。まず一つ思いついたのは、子供の頃にずっとベッドの頭上に飾ってあったぶどうの木の絵。聖書の言葉が書かれていたその絵は、今思えば御絵と呼ばれるものだったのだと思います。毎晩寝る前にその御絵を眺めながら、今日あったことや今自分が考えていることなどを思い巡らす時間、それが子供の頃の私の「心の帰る場所」であったように思います。</div>
<div>　もう一つ、不二聖心に勤めるようになってから、私が「心の帰る場所」としてイメージするものがあります。それは「感ずべき御母」のお姿です。みなさんも教室で「感ずべき御母」のお姿を毎日見上げていることでしょう。祈ること、学ぶこと、働くことの大切さを私たちに示してくださるマリア様は、目を伏せて静かに思いをめぐらせています。背後には希望を感じさせてくれる夜明けの空。私はいつの頃からか、心を落ち着かせようとするときに自然とこのマリア様のお姿が脳裏に浮かぶようになりました。心が穏やかでないときや、大変だな、と感じるとき、マリア様が目を伏せているお姿を想像すると、自然と気持ちが落ち着きます。目をあけるとそこには黎明の空が広がっていて、また頑張ろうと思えるのです。</div>
<div>　少し話は変わりますが、「感ずべき御母」のお姿に私が重ねるものがあります。10年以上前のことになりますが、聖心の姉妹校の先生方が集まる研修会に参加したときのことです。夜の食事のあとに、みながなんとなくグループを作って歓談する中で、私はあるシスターのもとにいました。不二聖心にもいらっしゃったことのあるシスターです。そのシスターに、小林の先生が、「シスターはなぜシスターになったのですか？最初からシスターになろうと思っていたのですか？シスターになった経緯を知りたいです」と言いました。私はちょっとびっくりしました。そういう踏み込んだ話を無邪気に聞いていいものかどうか戸惑ったからです。しかし、シスターは静かにお話をしてくださいました。シスターは聖心の学校で学ぶ中で、もともとシスターになりたいという強い気持ちをお持ちでした。ただ、お母様を早くに亡くし、ご商売をしていた家にはお父様と下にごきょうだいたちが残された、家事を切り盛りしながらお父様やごきょうだいのお世話もするということで、いったんシスターになる夢はおいておき、ご家族に尽くすことを決めたそうです。しかし、そうした後でゆくゆくは必ずシスターになり、神様にお仕えしたいのだという決意をお父様に伝えたところ、お父様が即座に、「それはいけない。神様にお仕えするのに、そんな使い古しのような娘をお捧げするわけにはいかない。」とおっしゃったそうです。「今すぐにでも神様にお仕えする準備をしなさい」というお父様の言葉に後押しされ、私はシスターになれました、というシスターのお話が私の心に強く残りました。特に、お父様の神様への深い敬愛の念が心に響いたのです。シスターのお話にはまだ続きがあります。シスターになるための修練のため、シスターは不二聖心にいらっしゃったこともあるそうです。その頃はまだ、寄宿生の食事をシスター方や修練生で作っていて、一回の食事にたとえば何百個ものジャガイモの皮を一人でむくこともよくあったそうです。「何百個って&#8230;」と私たちが言うと、シスターは「そうね、200個とか300個とか。」とお笑いになりました。「でもね、それは全然苦ではなかったの。神様の元で働かせていただいているのだと思うと、それはもう喜びでした。」とおっしゃるシスターは昔を思い出しているようでとても楽しそうでした。「私はそのままここでずっと地道にジャガイモをむいていたいとも思ったけれど、聖心会のシスターは女子教育という使命があります。教育の場で女子生徒を育てるということが聖心会のシスターに与えられた大切な役割なので、後ろ髪をひかれる思いはあったけれど、不二聖心を離れました」。これが、そのときうかがったシスターからのお話です。</div>
<div>　この後から今まで、私は何度もこのシスターのお話を思い出します。若いシスターがジャガイモをむいている、その姿は私の中でいつのまにかキッチンを出て、広々としたオークヒルの真ん中で一心に仕事に取り組むイメージになっていきます。そしてそこに、いつのまにか「感ずべき御母」が寄り添って、２人は言葉をかわすことはなくても、神様への敬愛の念で強く結びついています。神様に一心にお仕えするその清らかな姿は、私の心も清々しくさせてくれ、次の希望に向けて進む勇気を与えてくれます。</div>
<div>　感ずべき御母の祝日は10月なので、ちょっと時季外れの話だなと思っている方もいらっしゃるでしょうが、1ヶ月少し前に、私は父を亡くしました。高齢でしたし、それなりの覚悟もあったこともあり、普段はそれほど落ち込むこともなく、普通に過ごせていますが、やはりふとした瞬間に、悲しみやどうしようもない気持ち、後悔の念などが襲ってきます。そんなとき、感ずべき御母やジャガイモをむくシスターのお姿を思い浮かべると、救われるような気持ちになるのです。</div>
<div>　みなさんには、「心が帰る場所」がありますか？</div>
<div>　つらくなったり、悲しくなったり、どうすることもできないような気持ちになったとき、その場所は自分を助けてくれ、支えてくれると思います。</div>
<div></div>
<div>　これで、宗教朝礼を終わります。</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">M.S.(国語科)</div></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96131/">
<title>2026年6月17日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96131/</link>
<description>
&#160;先日、私たちは全校で市川教会の晴佐久神父様の講演を聞きました。行き場のない人や孤独を抱える人々が集まり、共に暮らす共同体のお話は、私自身とても共感し、今も深く心に残っています。
現代は、いつでも好きなものを一人で食べられる便利な時代ですが、同時に孤食が増えていると言われています。今は多くの大学の学食に「孤食スペース」や「おひとり様席」が設置されているそうですが、 長いテーブルの真ん中についたてがあって、人の視線が気にならないようになっているそうです。大学生の次男に聞いたところ、他人の目を気にせずスマホを見ながら落ち着いて食べられるのでとても快適だそうで、よく利用していると言っていました。

　この、「一人で食べたい気持ち」と誰かと食べる「一緒ごはん」の大切さについて考えていた時、私は自分がかつて銀行に就職したばかりの頃を思い出しました。当時、私は上司と気が合わず、昼食時に社員食堂で一緒になるのが憂鬱でたまりませんでした。そのため、わざと時間をずらしたり、社外に出て一人で食べたりしていました。ですから、誰にも気を遣わずに落ち着いて食べたいという気持ちはよく分かります。しかし同時に、一人でいるとどこか疎外感を覚えたり、周囲から協調性がないと思われているのではないかと不安になったりもしました。上司から見れば、当時の私は扱いにくい部下だったと思います。

　そんな私を救ってくれたのが、会社の独身寮での「一緒ごはん」でした。
だいぶ昔の話ですので今は分かりませんが、当時、男子の新入行員は必ず寮に入ることになっていました。そこには、日頃の仕事ではまったく関わりのない違う支店の人や、経済調査部、資金為替部等さまざまな部署の先輩・同期・後輩が暮らしていました。
必ず一緒に食べなければならないというルールはありませんでしたが、夕食の時間になると自然とみんなが食堂に集まり、ワイワイと交流を深めていました。同じ部署や同期の人だと、どこかライバル意識があって本音で話せないこともあります。しかし、直接仕事に関わりのない先輩や後輩には、仕事の愚痴を言えたり、真剣な相談にのってもらえたりしました。この食事がきっかけで気が合い、一緒にスキーに出かけるような仲間もできました。寮での夕食の時間が、どれほど日々の支えになっていたか分かりません。その温かい時間があったからこそ、仕事でつらいことがあっても乗り越えることができたのだと思います。

　晴佐久神父様が信じておられたのも、まさにこの「一緒ごはん」の力です。
同じテーブルを囲み、同じ鍋の料理を分け合い、これ美味しいね、今日こんなことがあったんだよと言葉を交わす。その時間が、バラバラだった人たちを、一つの家族のように結びつけていきます。
カトリックの教えの根本には、「神様は私たちを、一人ぼっちで生きるようには造られなかった。互いに愛し合い、支え合う共同体として生きるように造られた」というメッセージがあります。
イエス・キリストの生涯を振り返ってみても、イエス様はいつも誰かと一緒にご飯を食べていました。それも、立派な人たちばかりではありません。社会からのけ者にされていた人、寂しい思いをしていた人のところへわざわざ出かけていき、一緒に食卓を囲みました。当時の人々にとって、一緒にご飯を食べるということは、「私はあなたを大切な仲間として受け入れます。私はあなたの味方ですよ」という、最大の愛の表明だったのです。

　最初は心を閉ざしていた人が、「一緒ごはん」を通じて、少しずつ笑顔を取り戻していく。普段は関わりのない人同士でも、ご飯を一緒に食べるだけで、心の垣根がすっと消えていく。それこそが、共同体が持つ不思議な力です。私たちは今、不二聖心という一つの共同体の中で生きています。

　もしかしたら、普段の学校生活ではあまり話したことがない人や、少し気が合わないなと思う人もいるかもしれません。でも、お昼休みに一緒にお弁当を食べたり、同じ空間で食事の時間を分かち合ったりする時、そこには新しいつながりのきっかけが生まれています。
実は私も、あの講演会があった日に、教室で生徒のみなさんとお話しながらお弁当をいただく機会がありました。それが本当に楽しくて、心がじんわりと温まる時間だったのです。
　
　もしみなさんの周りに、寂しそうにしている人がいたら、ほんの少しの勇気を出して「一緒に食べよう」と声をかけてみてください。その一言こそが、カトリックの言う「愛の教え」を今この場所で実践することそのものになります。一人で食べるご飯よりも、みんなで食べるご飯の方がずっと美味しい。その温かさを知る人が増えれば、世界はもっと優しくなります。
みなさんがお互いを大切にし合い、不二聖心という素晴らしい共同体の中で、豊かな時間を過ごせますように願っています。
これで宗教朝礼を終わります。

J.K.(数学科・情報科)

</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-06-17T21:25:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin178178589381307400" class="cms-content-parts-sin178178589381315100">
<p>&#160;先日、私たちは全校で市川教会の晴佐久神父様の講演を聞きました。行き場のない人や孤独を抱える人々が集まり、共に暮らす共同体のお話は、私自身とても共感し、今も深く心に残っています。</p>
<div>現代は、いつでも好きなものを一人で食べられる便利な時代ですが、同時に孤食が増えていると言われています。今は多くの大学の学食に「孤食スペース」や「おひとり様席」が設置されているそうですが、 長いテーブルの真ん中についたてがあって、人の視線が気にならないようになっているそうです。大学生の次男に聞いたところ、他人の目を気にせずスマホを見ながら落ち着いて食べられるのでとても快適だそうで、よく利用していると言っていました。</div>
<div></div>
<div>　この、「一人で食べたい気持ち」と誰かと食べる「一緒ごはん」の大切さについて考えていた時、私は自分がかつて銀行に就職したばかりの頃を思い出しました。当時、私は上司と気が合わず、昼食時に社員食堂で一緒になるのが憂鬱でたまりませんでした。そのため、わざと時間をずらしたり、社外に出て一人で食べたりしていました。ですから、誰にも気を遣わずに落ち着いて食べたいという気持ちはよく分かります。しかし同時に、一人でいるとどこか疎外感を覚えたり、周囲から協調性がないと思われているのではないかと不安になったりもしました。上司から見れば、当時の私は扱いにくい部下だったと思います。</div>
<div></div>
<div>　そんな私を救ってくれたのが、会社の独身寮での「一緒ごはん」でした。</div>
<div>だいぶ昔の話ですので今は分かりませんが、当時、男子の新入行員は必ず寮に入ることになっていました。そこには、日頃の仕事ではまったく関わりのない違う支店の人や、経済調査部、資金為替部等さまざまな部署の先輩・同期・後輩が暮らしていました。</div>
<div>必ず一緒に食べなければならないというルールはありませんでしたが、夕食の時間になると自然とみんなが食堂に集まり、ワイワイと交流を深めていました。同じ部署や同期の人だと、どこかライバル意識があって本音で話せないこともあります。しかし、直接仕事に関わりのない先輩や後輩には、仕事の愚痴を言えたり、真剣な相談にのってもらえたりしました。この食事がきっかけで気が合い、一緒にスキーに出かけるような仲間もできました。寮での夕食の時間が、どれほど日々の支えになっていたか分かりません。その温かい時間があったからこそ、仕事でつらいことがあっても乗り越えることができたのだと思います。</div>
<div></div>
<div>　晴佐久神父様が信じておられたのも、まさにこの「一緒ごはん」の力です。</div>
<div>同じテーブルを囲み、同じ鍋の料理を分け合い、これ美味しいね、今日こんなことがあったんだよと言葉を交わす。その時間が、バラバラだった人たちを、一つの家族のように結びつけていきます。</div>
<div>カトリックの教えの根本には、「神様は私たちを、一人ぼっちで生きるようには造られなかった。互いに愛し合い、支え合う共同体として生きるように造られた」というメッセージがあります。</div>
<div>イエス・キリストの生涯を振り返ってみても、イエス様はいつも誰かと一緒にご飯を食べていました。それも、立派な人たちばかりではありません。社会からのけ者にされていた人、寂しい思いをしていた人のところへわざわざ出かけていき、一緒に食卓を囲みました。当時の人々にとって、一緒にご飯を食べるということは、「私はあなたを大切な仲間として受け入れます。私はあなたの味方ですよ」という、最大の愛の表明だったのです。</div>
<div></div>
<div>　最初は心を閉ざしていた人が、「一緒ごはん」を通じて、少しずつ笑顔を取り戻していく。普段は関わりのない人同士でも、ご飯を一緒に食べるだけで、心の垣根がすっと消えていく。それこそが、共同体が持つ不思議な力です。私たちは今、不二聖心という一つの共同体の中で生きています。</div>
<div></div>
<div>　もしかしたら、普段の学校生活ではあまり話したことがない人や、少し気が合わないなと思う人もいるかもしれません。でも、お昼休みに一緒にお弁当を食べたり、同じ空間で食事の時間を分かち合ったりする時、そこには新しいつながりのきっかけが生まれています。</div>
<div>実は私も、あの講演会があった日に、教室で生徒のみなさんとお話しながらお弁当をいただく機会がありました。それが本当に楽しくて、心がじんわりと温まる時間だったのです。</div>
<div>　</div>
<div>　もしみなさんの周りに、寂しそうにしている人がいたら、ほんの少しの勇気を出して「一緒に食べよう」と声をかけてみてください。その一言こそが、カトリックの言う「愛の教え」を今この場所で実践することそのものになります。一人で食べるご飯よりも、みんなで食べるご飯の方がずっと美味しい。その温かさを知る人が増えれば、世界はもっと優しくなります。</div>
<div>みなさんがお互いを大切にし合い、不二聖心という素晴らしい共同体の中で、豊かな時間を過ごせますように願っています。</div>
<div>これで宗教朝礼を終わります。</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">J.K.(数学科・情報科)</div>
<div style="text-align: right;"></div>
</div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96130/">
<title>2026年6月3日の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96130/</link>
<description>
&#160;　私は今から40年ほど前に聖心女子大学に入学しました。その頃の私は「大学生になったら絶対に一人暮らしをしたい」と言い張っていました。けれど両親に「一人暮らしは社会人になってからでもできるのだから、学生のうちに共同生活を体験しなさい。将来必ず良かったと思えるはずだから」と説得され、しぶしぶながら学寮での大学生生活を始めることになりました。

　その当時の学寮は西寮と北寮に分かれ、１年生は全員西寮の4人部屋での生活でした。唯一のプライベート空間は寝るときにカーテンを閉めたベッドの上のみ。お風呂も皆で大浴場、電話をかける時にはありったけの10円玉を握りしめて公衆電話の順番待ちの行列に並ぶという生活に、初めは不満だらけでした。しかしそのような生活にもいつしか慣れ、仲良くなった友人たちとその日の出来事などを語り合いながら夕食をいただき、週末には皆で大騒ぎをしながら一緒に食事を作ったり、消灯時間の後に誰かの部屋にこっそりお菓子を持って集まり夜通しおしゃべりをするなど、どんどん楽しみが増え、あっという間に４年が過ぎてしまいました。大学を卒業して住むところが変わっても、学寮の友人たちとは時折長電話でお互いの消息を伝え合いながら、ずっと友人関係が続いてきました。そしていつしか私の中では親しい友人というと、学寮で生活を共にしてきた友人たちとなっていました。

　７年前に北海道胆振東部地震で札幌周辺が3日間停電となった時に、学寮での友人の一人が「情報が入らないだろうから」と電池式のラジオとたくさんの電池を送ってくれました。また、もう一人の友人は「コンビニに何も商品がない様子をテレビで見たから」とペットボトルのお水と食料品を送ってくれました。届いたのは電気が復旧した後でしたけれど、離れて住む友人たちの心遣いに本当に感激しました。家族ではないけれど、どんなに遠くにいても身近に感じられる存在、どんなに長い間会えずにいてもすぐに打ち解けることができる存在。私たちのこの関係はこの先もかわらずに続くはずです。

　そして先日の晴佐久神父様のお話を伺っているうちに、私と友人たちの間にも「一緒御飯」が存在したことに思い当たりました。食事に限らず、自分を飾らずに、相手の欠点もあるがままに受け入れながら一緒に楽しい時間を過ごすことができた、これが私たちの「一緒ご飯」であり、仲間としての強い絆の土台となったものだと確信できました。「自分をとりつくろったり、無理に恰好をつけながらではおいしく食事をいただくことはできない。疲れて果てて途中で嫌になってしまうはず・・」と、そんなことを考えていると両親の顔が目に浮かびました。あの時両親が何を根拠に「学寮での共同生活が将来良かったと思える日が来る」と言ったのか、今はもう聞くこともできなくなってしまいましたが、「ほら、言った通りだったでしょう」と得意げに微笑んでいるように思えました。

　家族を始め、人との関わりやご縁は不思議なものです。どんなに遠くにいても身近に感じられる存在、どんなに長い間会えずにいてもすぐに打ち解けることができる存在、そんな生涯の宝物となる仲間に出会えたことに、私は今、心から感謝しています。
皆さんが友達と何気なく過ごしている時間や、寄宿舎で一緒に食事をする時間も、将来の皆さんを支えるかけがえのない絆の土台になっているかもしれません。どうぞ今ある出会いと、これからのご縁を大切に過ごしてください。&#160;

H.S.（英語科）

</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-06-03T21:20:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin178178540924521200" class="cms-content-parts-sin178178540924528200">
<p>&#160;<span style="letter-spacing: 0.1em;">　私は今から40年ほど前に聖心女子大学に入学しました。その頃の私は「大学生になったら絶対に一人暮らしをしたい」と言い張っていました。けれど両親に「一人暮らしは社会人になってからでもできるのだから、学生のうちに共同生活を体験しなさい。将来必ず良かったと思えるはずだから」と説得され、しぶしぶながら学寮での大学生生活を始めることになりました。</span></p>
<div></div>
<div>　その当時の学寮は西寮と北寮に分かれ、１年生は全員西寮の4人部屋での生活でした。唯一のプライベート空間は寝るときにカーテンを閉めたベッドの上のみ。お風呂も皆で大浴場、電話をかける時にはありったけの10円玉を握りしめて公衆電話の順番待ちの行列に並ぶという生活に、初めは不満だらけでした。しかしそのような生活にもいつしか慣れ、仲良くなった友人たちとその日の出来事などを語り合いながら夕食をいただき、週末には皆で大騒ぎをしながら一緒に食事を作ったり、消灯時間の後に誰かの部屋にこっそりお菓子を持って集まり夜通しおしゃべりをするなど、どんどん楽しみが増え、あっという間に４年が過ぎてしまいました。大学を卒業して住むところが変わっても、学寮の友人たちとは時折長電話でお互いの消息を伝え合いながら、ずっと友人関係が続いてきました。そしていつしか私の中では親しい友人というと、学寮で生活を共にしてきた友人たちとなっていました。</div>
<div></div>
<div>　７年前に北海道胆振東部地震で札幌周辺が3日間停電となった時に、学寮での友人の一人が「情報が入らないだろうから」と電池式のラジオとたくさんの電池を送ってくれました。また、もう一人の友人は「コンビニに何も商品がない様子をテレビで見たから」とペットボトルのお水と食料品を送ってくれました。届いたのは電気が復旧した後でしたけれど、離れて住む友人たちの心遣いに本当に感激しました。家族ではないけれど、どんなに遠くにいても身近に感じられる存在、どんなに長い間会えずにいてもすぐに打ち解けることができる存在。私たちのこの関係はこの先もかわらずに続くはずです。</div>
<div></div>
<div>　そして先日の晴佐久神父様のお話を伺っているうちに、私と友人たちの間にも「一緒御飯」が存在したことに思い当たりました。食事に限らず、自分を飾らずに、相手の欠点もあるがままに受け入れながら一緒に楽しい時間を過ごすことができた、これが私たちの「一緒ご飯」であり、仲間としての強い絆の土台となったものだと確信できました。「自分をとりつくろったり、無理に恰好をつけながらではおいしく食事をいただくことはできない。疲れて果てて途中で嫌になってしまうはず・・」と、そんなことを考えていると両親の顔が目に浮かびました。あの時両親が何を根拠に「学寮での共同生活が将来良かったと思える日が来る」と言ったのか、今はもう聞くこともできなくなってしまいましたが、「ほら、言った通りだったでしょう」と得意げに微笑んでいるように思えました。</div>
<div></div>
<div>　家族を始め、人との関わりやご縁は不思議なものです。どんなに遠くにいても身近に感じられる存在、どんなに長い間会えずにいてもすぐに打ち解けることができる存在、そんな生涯の宝物となる仲間に出会えたことに、私は今、心から感謝しています。</div>
<div>皆さんが友達と何気なく過ごしている時間や、寄宿舎で一緒に食事をする時間も、将来の皆さんを支えるかけがえのない絆の土台になっているかもしれません。どうぞ今ある出会いと、これからのご縁を大切に過ごしてください。&#160;</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">H.S.（英語科）</div>
<div></div>
</div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96129/">
<title>2026年5月27日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96129/</link>
<description>&#160;　先日の体育大会では、限られた時間の中で精一杯準備や練習を行い、当日も様々な制約がある中で、全力を尽くした皆さんの姿に心を打たれ、たくさん元気をもらいました。皆さんを見ていて、「限界のある状況の中でも、知恵を使って工夫を凝らすことができます」「骨惜しみせず働くことができます」という「18歳のプロファイル」の言葉を思い浮かべました。 　この言葉を自分の生き方で示した人たちに、私は以前出会ったことがあります。今から15年前、2011年、東日本大震災があった年のことです。私は縁があって日本難民支援協会が主催する「難民と行く災害ボランティア」という企画に参加しました。この企画は、日本で生活している難民の方々が、自分たちを受け入れてくれた日本の人たちに恩返しをしたい、災害で避難している人々の役に立ちたい、という想いで実現したものです。私が参加した日程では、ミャンマーや中東出身の難民6名に日本のスタッフや学生ボランティア、留学生を含めた23人で岩手県陸前高田市に行き、清掃や炊き出しなどを行いました。最初は、被災地に行って自分にできることがあるのか、難民の方々とうまくコミュニケーションがとれるのか不安でしたが、実際に現地に行ってみると、仲間の行動力にたくさん助けられました。 　陸前高田で最初に行った活動は、津波の被害を受けた畑の清掃でしたが、いきなり問題が発生しました。畑の中にトラクターのような機械が埋まっていて、それを撤去しないと清掃ができない状態でした。色々と道具は持ってきたけど、埋まっているトラクターを掘り起こすなら重機が必要で、今日は諦めて帰るしかない、という結論になりかけた時、難民の方が「ここにあるもので動かせますよ」と言いました。よく見ると周囲には木材がたくさん落ちていました。ぬかるんだ地面に何本か木材を差してトラクターの下に入れて、みんなで木材をぐいっと押すと、トラクターが持ち上がり、撤去することができました。「てこの原理」は知識としては知っていましたが、ここでそれが使えるなんて思いつきませんでした。今までいかに机の上だけの勉強しかしてこなかったのかと反省しました。 　炊き出しのボランティアでは、難民の方の中に料理が得意な方がいて、避難所で生活をしている方々に料理を作ることになりました。キャンプ場の調理場を借りて調理を始めようとしたら、包丁が刃こぼれしたり錆びたりしてそのままでは使えませんでした。このときも最初は、諦めようかという雰囲気になりましたが、メンバーの一人が、砥石になる石を屋外で見つけてきてくれたので、無事に炊き出しを行うことができました。後で私たちも少し食べさせてもらいました。疲れがたまり、参加者の雰囲気が少し暗くなっていた中で、温かい料理のおかげで、みんなの顔に笑顔が戻りました。この料理を作ってくれた方は、本名も出身の国も明らかにできない方でした。難民の中には、政治的な理由で迫害を受け、避難先でも命の危険がある方がいます。そのため私たちは難民の方と写真を撮ったり、連絡先を交換したりすることが禁止されていました。そのような危険がある中でも、被災した人たちのために自分の力を役立てようとされた姿が心に残りました。 活動の最終日に、難民グループのリーダーの方からかけていただいた言葉は、今でも折に触れて思い出されます。「私たちは日本人を尊敬しているし、感謝もしている。でも君たちは学生だから、言っておきたいことがある。日本には立派な会社人はたくさんいるけど、本当の社会人は少ないように感じる。」 「会社人」と「社会人」のちがいは何だろう、今の自分自身の在り方はどちらなのだろう、この問いは私の中で今もずっと宿題になっています。 　今週末には聖マグダレナ・ソフィアの祝日があります。他者のために物惜しみせず尽くした創立者の精神に触れ、自分自身を見つめ、生き方を考える一日にしていきたいですね。 以上で宗教朝礼を終わります。 M.O.（社会科　地歴・公民科） </description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-05-27T21:15:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin178178517589180600" class="cms-content-parts-sin178178517589194900"><p>&#160;　先日の体育大会では、限られた時間の中で精一杯準備や練習を行い、当日も様々な制約がある中で、全力を尽くした皆さんの姿に心を打たれ、たくさん元気をもらいました。皆さんを見ていて、「限界のある状況の中でも、知恵を使って工夫を凝らすことができます」「骨惜しみせず働くことができます」という「18歳のプロファイル」の言葉を思い浮かべました。</p> <div>　この言葉を自分の生き方で示した人たちに、私は以前出会ったことがあります。今から15年前、2011年、東日本大震災があった年のことです。私は縁があって日本難民支援協会が主催する「難民と行く災害ボランティア」という企画に参加しました。この企画は、日本で生活している難民の方々が、自分たちを受け入れてくれた日本の人たちに恩返しをしたい、災害で避難している人々の役に立ちたい、という想いで実現したものです。私が参加した日程では、ミャンマーや中東出身の難民6名に日本のスタッフや学生ボランティア、留学生を含めた23人で岩手県陸前高田市に行き、清掃や炊き出しなどを行いました。最初は、被災地に行って自分にできることがあるのか、難民の方々とうまくコミュニケーションがとれるのか不安でしたが、実際に現地に行ってみると、仲間の行動力にたくさん助けられました。</div> <div>　陸前高田で最初に行った活動は、津波の被害を受けた畑の清掃でしたが、いきなり問題が発生しました。畑の中にトラクターのような機械が埋まっていて、それを撤去しないと清掃ができない状態でした。色々と道具は持ってきたけど、埋まっているトラクターを掘り起こすなら重機が必要で、今日は諦めて帰るしかない、という結論になりかけた時、難民の方が「ここにあるもので動かせますよ」と言いました。よく見ると周囲には木材がたくさん落ちていました。ぬかるんだ地面に何本か木材を差してトラクターの下に入れて、みんなで木材をぐいっと押すと、トラクターが持ち上がり、撤去することができました。「てこの原理」は知識としては知っていましたが、ここでそれが使えるなんて思いつきませんでした。今までいかに机の上だけの勉強しかしてこなかったのかと反省しました。</div> <div>　炊き出しのボランティアでは、難民の方の中に料理が得意な方がいて、避難所で生活をしている方々に料理を作ることになりました。キャンプ場の調理場を借りて調理を始めようとしたら、包丁が刃こぼれしたり錆びたりしてそのままでは使えませんでした。このときも最初は、諦めようかという雰囲気になりましたが、メンバーの一人が、砥石になる石を屋外で見つけてきてくれたので、無事に炊き出しを行うことができました。後で私たちも少し食べさせてもらいました。疲れがたまり、参加者の雰囲気が少し暗くなっていた中で、温かい料理のおかげで、みんなの顔に笑顔が戻りました。この料理を作ってくれた方は、本名も出身の国も明らかにできない方でした。難民の中には、政治的な理由で迫害を受け、避難先でも命の危険がある方がいます。そのため私たちは難民の方と写真を撮ったり、連絡先を交換したりすることが禁止されていました。そのような危険がある中でも、被災した人たちのために自分の力を役立てようとされた姿が心に残りました。</div> <div>活動の最終日に、難民グループのリーダーの方からかけていただいた言葉は、今でも折に触れて思い出されます。「私たちは日本人を尊敬しているし、感謝もしている。でも君たちは学生だから、言っておきたいことがある。日本には立派な会社人はたくさんいるけど、本当の社会人は少ないように感じる。」</div> <div>「会社人」と「社会人」のちがいは何だろう、今の自分自身の在り方はどちらなのだろう、この問いは私の中で今もずっと宿題になっています。</div> <div>　今週末には聖マグダレナ・ソフィアの祝日があります。他者のために物惜しみせず尽くした創立者の精神に触れ、自分自身を見つめ、生き方を考える一日にしていきたいですね。<br /></div> <div>以上で宗教朝礼を終わります。</div> <div></div> <div><br />M.O.（社会科　地歴・公民科）</div> <div></div><p></p></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96128/">
<title>2026年5月27日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96128/</link>
<description>&#160;　先日の体育大会では、限られた時間の中で精一杯準備や練習を行い、当日も様々な制約がある中で、全力を尽くした皆さんの姿に心を打たれ、たくさん元気をもらいました。皆さんを見ていて、「限界のある状況の中でも、知恵を使って工夫を凝らすことができます」「骨惜しみせず働くことができます」という「18歳のプロファイル」の言葉を思い浮かべました。
　この言葉を自分の生き方で示した人たちに、私は以前出会ったことがあります。今から15年前、2011年、東日本大震災があった年のことです。私は縁があって日本難民支援協会が主催する「難民と行く災害ボランティア」という企画に参加しました。この企画は、日本で生活している難民の方々が、自分たちを受け入れてくれた日本の人たちに恩返しをしたい、災害で避難している人々の役に立ちたい、という想いで実現したものです。私が参加した日程では、ミャンマーや中東出身の難民6名に日本のスタッフや学生ボランティア、留学生を含めた23人で岩手県陸前高田市に行き、清掃や炊き出しなどを行いました。最初は、被災地に行って自分にできることがあるのか、難民の方々とうまくコミュニケーションがとれるのか不安でしたが、実際に現地に行ってみると、仲間の行動力にたくさん助けられました。
　陸前高田で最初に行った活動は、津波の被害を受けた畑の清掃でしたが、いきなり問題が発生しました。畑の中にトラクターのような機械が埋まっていて、それを撤去しないと清掃ができない状態でした。色々と道具は持ってきたけど、埋まっているトラクターを掘り起こすなら重機が必要で、今日は諦めて帰るしかない、という結論になりかけた時、難民の方が「ここにあるもので動かせますよ」と言いました。よく見ると周囲には木材がたくさん落ちていました。ぬかるんだ地面に何本か木材を差してトラクターの下に入れて、みんなで木材をぐいっと押すと、トラクターが持ち上がり、撤去することができました。「てこの原理」は知識としては知っていましたが、ここでそれが使えるなんて思いつきませんでした。今までいかに机の上だけの勉強しかしてこなかったのかと反省しました。
　炊き出しのボランティアでは、難民の方の中に料理が得意な方がいて、避難所で生活をしている方々に料理を作ることになりました。キャンプ場の調理場を借りて調理を始めようとしたら、包丁が刃こぼれしたり錆びたりしてそのままでは使えませんでした。このときも最初は、諦めようかという雰囲気になりましたが、メンバーの一人が、砥石になる石を屋外で見つけてきてくれたので、無事に炊き出しを行うことができました。後で私たちも少し食べさせてもらいました。疲れがたまり、参加者の雰囲気が少し暗くなっていた中で、温かい料理のおかげで、みんなの顔に笑顔が戻りました。この料理を作ってくれた方は、本名も出身の国も明らかにできない方でした。難民の中には、政治的な理由で迫害を受け、避難先でも命の危険がある方がいます。そのため私たちは難民の方と写真を撮ったり、連絡先を交換したりすることが禁止されていました。そのような危険がある中でも、被災した人たちのために自分の力を役立てようとされた姿が心に残りました。
活動の最終日に、難民グループのリーダーの方からかけていただいた言葉は、今でも折に触れて思い出されます。「私たちは日本人を尊敬しているし、感謝もしている。でも君たちは学生だから、言っておきたいことがある。日本には立派な会社人はたくさんいるけど、本当の社会人は少ないように感じる。」
「会社人」と「社会人」のちがいは何だろう、今の自分自身の在り方はどちらなのだろう、この問いは私の中で今もずっと宿題になっています。
　今週末には聖マグダレナ・ソフィアの祝日があります。他者のために物惜しみせず尽くした創立者の精神に触れ、自分自身を見つめ、生き方を考える一日にしていきたいですね。
以上で宗教朝礼を終わります。

M.O.（社会科　地歴・公民科）
</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-05-27T21:15:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin178178517396679000" class="cms-content-parts-sin178178517396687000"><p>&#160;　先日の体育大会では、限られた時間の中で精一杯準備や練習を行い、当日も様々な制約がある中で、全力を尽くした皆さんの姿に心を打たれ、たくさん元気をもらいました。皆さんを見ていて、「限界のある状況の中でも、知恵を使って工夫を凝らすことができます」「骨惜しみせず働くことができます」という「18歳のプロファイル」の言葉を思い浮かべました。</p>
<div>　この言葉を自分の生き方で示した人たちに、私は以前出会ったことがあります。今から15年前、2011年、東日本大震災があった年のことです。私は縁があって日本難民支援協会が主催する「難民と行く災害ボランティア」という企画に参加しました。この企画は、日本で生活している難民の方々が、自分たちを受け入れてくれた日本の人たちに恩返しをしたい、災害で避難している人々の役に立ちたい、という想いで実現したものです。私が参加した日程では、ミャンマーや中東出身の難民6名に日本のスタッフや学生ボランティア、留学生を含めた23人で岩手県陸前高田市に行き、清掃や炊き出しなどを行いました。最初は、被災地に行って自分にできることがあるのか、難民の方々とうまくコミュニケーションがとれるのか不安でしたが、実際に現地に行ってみると、仲間の行動力にたくさん助けられました。</div>
<div>　陸前高田で最初に行った活動は、津波の被害を受けた畑の清掃でしたが、いきなり問題が発生しました。畑の中にトラクターのような機械が埋まっていて、それを撤去しないと清掃ができない状態でした。色々と道具は持ってきたけど、埋まっているトラクターを掘り起こすなら重機が必要で、今日は諦めて帰るしかない、という結論になりかけた時、難民の方が「ここにあるもので動かせますよ」と言いました。よく見ると周囲には木材がたくさん落ちていました。ぬかるんだ地面に何本か木材を差してトラクターの下に入れて、みんなで木材をぐいっと押すと、トラクターが持ち上がり、撤去することができました。「てこの原理」は知識としては知っていましたが、ここでそれが使えるなんて思いつきませんでした。今までいかに机の上だけの勉強しかしてこなかったのかと反省しました。</div>
<div>　炊き出しのボランティアでは、難民の方の中に料理が得意な方がいて、避難所で生活をしている方々に料理を作ることになりました。キャンプ場の調理場を借りて調理を始めようとしたら、包丁が刃こぼれしたり錆びたりしてそのままでは使えませんでした。このときも最初は、諦めようかという雰囲気になりましたが、メンバーの一人が、砥石になる石を屋外で見つけてきてくれたので、無事に炊き出しを行うことができました。後で私たちも少し食べさせてもらいました。疲れがたまり、参加者の雰囲気が少し暗くなっていた中で、温かい料理のおかげで、みんなの顔に笑顔が戻りました。この料理を作ってくれた方は、本名も出身の国も明らかにできない方でした。難民の中には、政治的な理由で迫害を受け、避難先でも命の危険がある方がいます。そのため私たちは難民の方と写真を撮ったり、連絡先を交換したりすることが禁止されていました。そのような危険がある中でも、被災した人たちのために自分の力を役立てようとされた姿が心に残りました。</div>
<div>活動の最終日に、難民グループのリーダーの方からかけていただいた言葉は、今でも折に触れて思い出されます。「私たちは日本人を尊敬しているし、感謝もしている。でも君たちは学生だから、言っておきたいことがある。日本には立派な会社人はたくさんいるけど、本当の社会人は少ないように感じる。」</div>
<div>「会社人」と「社会人」のちがいは何だろう、今の自分自身の在り方はどちらなのだろう、この問いは私の中で今もずっと宿題になっています。</div>
<div>　今週末には聖マグダレナ・ソフィアの祝日があります。他者のために物惜しみせず尽くした創立者の精神に触れ、自分自身を見つめ、生き方を考える一日にしていきたいですね。</div>
<div>以上で宗教朝礼を終わります。</div>
<div></div>
<div>M.O.（社会科　地歴・公民科）</div>
<div></div></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96127/">
<title>2026年5月27日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96127/</link>
<description>&#160;　先日の体育大会では、限られた時間の中で精一杯準備や練習を行い、当日も様々な制約がある中で、全力を尽くした皆さんの姿に心を打たれ、たくさん元気をもらいました。皆さんを見ていて、「限界のある状況の中でも、知恵を使って工夫を凝らすことができます」「骨惜しみせず働くことができます」という「18歳のプロファイル」の言葉を思い浮かべました。
　この言葉を自分の生き方で示した人たちに、私は以前出会ったことがあります。今から15年前、2011年、東日本大震災があった年のことです。私は縁があって日本難民支援協会が主催する「難民と行く災害ボランティア」という企画に参加しました。この企画は、日本で生活している難民の方々が、自分たちを受け入れてくれた日本の人たちに恩返しをしたい、災害で避難している人々の役に立ちたい、という想いで実現したものです。私が参加した日程では、ミャンマーや中東出身の難民6名に日本のスタッフや学生ボランティア、留学生を含めた23人で岩手県陸前高田市に行き、清掃や炊き出しなどを行いました。最初は、被災地に行って自分にできることがあるのか、難民の方々とうまくコミュニケーションがとれるのか不安でしたが、実際に現地に行ってみると、仲間の行動力にたくさん助けられました。
　陸前高田で最初に行った活動は、津波の被害を受けた畑の清掃でしたが、いきなり問題が発生しました。畑の中にトラクターのような機械が埋まっていて、それを撤去しないと清掃ができない状態でした。色々と道具は持ってきたけど、埋まっているトラクターを掘り起こすなら重機が必要で、今日は諦めて帰るしかない、という結論になりかけた時、難民の方が「ここにあるもので動かせますよ」と言いました。よく見ると周囲には木材がたくさん落ちていました。ぬかるんだ地面に何本か木材を差してトラクターの下に入れて、みんなで木材をぐいっと押すと、トラクターが持ち上がり、撤去することができました。「てこの原理」は知識としては知っていましたが、ここでそれが使えるなんて思いつきませんでした。今までいかに机の上だけの勉強しかしてこなかったのかと反省しました。
　炊き出しのボランティアでは、難民の方の中に料理が得意な方がいて、避難所で生活をしている方々に料理を作ることになりました。キャンプ場の調理場を借りて調理を始めようとしたら、包丁が刃こぼれしたり錆びたりしてそのままでは使えませんでした。このときも最初は、諦めようかという雰囲気になりましたが、メンバーの一人が、砥石になる石を屋外で見つけてきてくれたので、無事に炊き出しを行うことができました。後で私たちも少し食べさせてもらいました。疲れがたまり、参加者の雰囲気が少し暗くなっていた中で、温かい料理のおかげで、みんなの顔に笑顔が戻りました。この料理を作ってくれた方は、本名も出身の国も明らかにできない方でした。難民の中には、政治的な理由で迫害を受け、避難先でも命の危険がある方がいます。そのため私たちは難民の方と写真を撮ったり、連絡先を交換したりすることが禁止されていました。そのような危険がある中でも、被災した人たちのために自分の力を役立てようとされた姿が心に残りました。
活動の最終日に、難民グループのリーダーの方からかけていただいた言葉は、今でも折に触れて思い出されます。「私たちは日本人を尊敬しているし、感謝もしている。でも君たちは学生だから、言っておきたいことがある。日本には立派な会社人はたくさんいるけど、本当の社会人は少ないように感じる。」
「会社人」と「社会人」のちがいは何だろう、今の自分自身の在り方はどちらなのだろう、この問いは私の中で今もずっと宿題になっています。
　今週末には聖マグダレナ・ソフィアの祝日があります。他者のために物惜しみせず尽くした創立者の精神に触れ、自分自身を見つめ、生き方を考える一日にしていきたいですね。
以上で宗教朝礼を終わります。

M.O.（社会科　地歴・公民科）
</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-05-27T21:15:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin178178517377579200" class="cms-content-parts-sin178178517377587300"><p>&#160;　先日の体育大会では、限られた時間の中で精一杯準備や練習を行い、当日も様々な制約がある中で、全力を尽くした皆さんの姿に心を打たれ、たくさん元気をもらいました。皆さんを見ていて、「限界のある状況の中でも、知恵を使って工夫を凝らすことができます」「骨惜しみせず働くことができます」という「18歳のプロファイル」の言葉を思い浮かべました。</p>
<div>　この言葉を自分の生き方で示した人たちに、私は以前出会ったことがあります。今から15年前、2011年、東日本大震災があった年のことです。私は縁があって日本難民支援協会が主催する「難民と行く災害ボランティア」という企画に参加しました。この企画は、日本で生活している難民の方々が、自分たちを受け入れてくれた日本の人たちに恩返しをしたい、災害で避難している人々の役に立ちたい、という想いで実現したものです。私が参加した日程では、ミャンマーや中東出身の難民6名に日本のスタッフや学生ボランティア、留学生を含めた23人で岩手県陸前高田市に行き、清掃や炊き出しなどを行いました。最初は、被災地に行って自分にできることがあるのか、難民の方々とうまくコミュニケーションがとれるのか不安でしたが、実際に現地に行ってみると、仲間の行動力にたくさん助けられました。</div>
<div>　陸前高田で最初に行った活動は、津波の被害を受けた畑の清掃でしたが、いきなり問題が発生しました。畑の中にトラクターのような機械が埋まっていて、それを撤去しないと清掃ができない状態でした。色々と道具は持ってきたけど、埋まっているトラクターを掘り起こすなら重機が必要で、今日は諦めて帰るしかない、という結論になりかけた時、難民の方が「ここにあるもので動かせますよ」と言いました。よく見ると周囲には木材がたくさん落ちていました。ぬかるんだ地面に何本か木材を差してトラクターの下に入れて、みんなで木材をぐいっと押すと、トラクターが持ち上がり、撤去することができました。「てこの原理」は知識としては知っていましたが、ここでそれが使えるなんて思いつきませんでした。今までいかに机の上だけの勉強しかしてこなかったのかと反省しました。</div>
<div>　炊き出しのボランティアでは、難民の方の中に料理が得意な方がいて、避難所で生活をしている方々に料理を作ることになりました。キャンプ場の調理場を借りて調理を始めようとしたら、包丁が刃こぼれしたり錆びたりしてそのままでは使えませんでした。このときも最初は、諦めようかという雰囲気になりましたが、メンバーの一人が、砥石になる石を屋外で見つけてきてくれたので、無事に炊き出しを行うことができました。後で私たちも少し食べさせてもらいました。疲れがたまり、参加者の雰囲気が少し暗くなっていた中で、温かい料理のおかげで、みんなの顔に笑顔が戻りました。この料理を作ってくれた方は、本名も出身の国も明らかにできない方でした。難民の中には、政治的な理由で迫害を受け、避難先でも命の危険がある方がいます。そのため私たちは難民の方と写真を撮ったり、連絡先を交換したりすることが禁止されていました。そのような危険がある中でも、被災した人たちのために自分の力を役立てようとされた姿が心に残りました。</div>
<div>活動の最終日に、難民グループのリーダーの方からかけていただいた言葉は、今でも折に触れて思い出されます。「私たちは日本人を尊敬しているし、感謝もしている。でも君たちは学生だから、言っておきたいことがある。日本には立派な会社人はたくさんいるけど、本当の社会人は少ないように感じる。」</div>
<div>「会社人」と「社会人」のちがいは何だろう、今の自分自身の在り方はどちらなのだろう、この問いは私の中で今もずっと宿題になっています。</div>
<div>　今週末には聖マグダレナ・ソフィアの祝日があります。他者のために物惜しみせず尽くした創立者の精神に触れ、自分自身を見つめ、生き方を考える一日にしていきたいですね。</div>
<div>以上で宗教朝礼を終わります。</div>
<div></div>
<div>M.O.（社会科　地歴・公民科）</div>
<div></div></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96120/">
<title>2026年5月20日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96120/</link>
<description>
　今週金曜日はいよいよ体育大会ですね。各学年の団結・各色の勝利に向けて全力で練習をしている真っ只中で、色々悩みや疲れも溜まっていると思います。この数分は少しでも心を落ち着かせることができるよう、暗い話にはなってしまうのですが、頑張る勇気・人を思いやる心を少しでも養うことができいれば幸いです。&#160;

　　僕が高校１年生の時の12/24クリスマスイヴに、大切な友人の1人が天国へと旅立ちました。そのことを知ったのは命日の2日後。彼は友人の間ではいわゆるいじられキャラ的な面があったので、最初は誰かの趣味の悪いいたずらだと信じることが出来ませんでした。しかし徐々にそれが真実であることを理解したとき、悲しみよりも先に「なんでだろう」という疑念で頭がいっぱいでした。この前まで普通にみんなと話していて、亡くなる３日前も元気に部活に励んでいる姿を見たばかりなのに、と。葬儀は密葬で行われたため、彼の最後の顔を拝むことも出来ず、今でも彼がなぜ自ら命を絶ったかは分かりません。

　その後悲しみからも立ち直り、同級生のみんなも前を向いて各々の道を歩んでいますが、今でもふとした時に僕は彼のことを思い出します。仮に今彼が生きていたとして、関わりが全くない可能性も十分あり得ますが、そのような別れ方をしてしまったので、これからも僕は彼のことを忘れることは決してないでしょう。&#160;

　少し前ですが、色々なことが重なってしまい、生きることに希望を見出せない時期が自分にはありました。自分で命を捨てようとは思わないけど、寝たまま目覚めなければ良いのに、交通事故にあってそのまま&#8230;と、とことん追い詰められていました。今ではもう回復しましたが、その時に初めて彼の気持ちが少し理解できた気がしました。もう色々限界で何もかもがどうでも良くもなってしまった。もし彼がその時の僕よりも苦しい状況にいたとしたら、正直僕には彼を引き留められる自信がありません。

　人間は恐らく、同じような立場にならないと、本当の他者の気持ちは分からないのだろうなと学びました。そんな僕から１つ皆さんに言えることは「これからの人生、色々なことを経験して欲しい」ということです。もちろん悲しい経験をするべきとは思いませんが、人生経験が豊富な人の言葉には、年齢関係なく重みがあるなと感じます。

　女優兼タレントの芦田愛菜さんは17歳の時のインタビューでこんな発言をされていました。

「裏切られたとか期待していたとか言うけど、その人が裏切った訳ではなく、その人の見えなかった部分が見えただけで、その時にそれもその人なんだと受け止められる揺るがない自分がいることが、信じることだと思いました。」

　僕としては子役のイメージが未だに強い彼女ですが、この歳でこんなに達観した見方ができるのかととても驚きました。これも芸能界という競争の激しい環境で育ってきた、彼女だからこその言葉だと感じています。

　みなさんにもこの学院生活の中で、沢山の知識・経験を経て、困っている人に手を差し伸べられる・寄り添おうとすることができる人になって欲しいです。みなさんの人生に沢山の幸がありますように。これで宗教朝礼を終わります。

K.M.（数学科）


</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-05-20T08:40:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin177876236891856800" class="cms-content-parts-sin177876236891871300">
<div>　今週金曜日はいよいよ体育大会ですね。各学年の団結・各色の勝利に向けて全力で練習をしている真っ只中で、色々悩みや疲れも溜まっていると思います。この数分は少しでも心を落ち着かせることができるよう、暗い話にはなってしまうのですが、頑張る勇気・人を思いやる心を少しでも養うことができいれば幸いです。&#160;</div>
<div></div>
<div>　　僕が高校１年生の時の12/24クリスマスイヴに、大切な友人の1人が天国へと旅立ちました。そのことを知ったのは命日の2日後。彼は友人の間ではいわゆるいじられキャラ的な面があったので、最初は誰かの趣味の悪いいたずらだと信じることが出来ませんでした。しかし徐々にそれが真実であることを理解したとき、悲しみよりも先に「なんでだろう」という疑念で頭がいっぱいでした。この前まで普通にみんなと話していて、亡くなる３日前も元気に部活に励んでいる姿を見たばかりなのに、と。葬儀は密葬で行われたため、彼の最後の顔を拝むことも出来ず、今でも彼がなぜ自ら命を絶ったかは分かりません。</div>
<div></div>
<div>　その後悲しみからも立ち直り、同級生のみんなも前を向いて各々の道を歩んでいますが、今でもふとした時に僕は彼のことを思い出します。仮に今彼が生きていたとして、関わりが全くない可能性も十分あり得ますが、そのような別れ方をしてしまったので、これからも僕は彼のことを忘れることは決してないでしょう。&#160;</div>
<div></div>
<div>　少し前ですが、色々なことが重なってしまい、生きることに希望を見出せない時期が自分にはありました。自分で命を捨てようとは思わないけど、寝たまま目覚めなければ良いのに、交通事故にあってそのまま&#8230;と、とことん追い詰められていました。今ではもう回復しましたが、その時に初めて彼の気持ちが少し理解できた気がしました。もう色々限界で何もかもがどうでも良くもなってしまった。もし彼がその時の僕よりも苦しい状況にいたとしたら、正直僕には彼を引き留められる自信がありません。</div>
<div></div>
<div>　人間は恐らく、同じような立場にならないと、本当の他者の気持ちは分からないのだろうなと学びました。そんな僕から１つ皆さんに言えることは「これからの人生、色々なことを経験して欲しい」ということです。もちろん悲しい経験をするべきとは思いませんが、人生経験が豊富な人の言葉には、年齢関係なく重みがあるなと感じます。</div>
<div></div>
<div>　女優兼タレントの芦田愛菜さんは17歳の時のインタビューでこんな発言をされていました。</div>
<div></div>
<div>「裏切られたとか期待していたとか言うけど、その人が裏切った訳ではなく、その人の見えなかった部分が見えただけで、その時にそれもその人なんだと受け止められる揺るがない自分がいることが、信じることだと思いました。」</div>
<div></div>
<div>　僕としては子役のイメージが未だに強い彼女ですが、この歳でこんなに達観した見方ができるのかととても驚きました。これも芸能界という競争の激しい環境で育ってきた、彼女だからこその言葉だと感じています。</div>
<div></div>
<div>　みなさんにもこの学院生活の中で、沢山の知識・経験を経て、困っている人に手を差し伸べられる・寄り添おうとすることができる人になって欲しいです。みなさんの人生に沢山の幸がありますように。これで宗教朝礼を終わります。</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">K.M.（数学科）</div>
<p></p>
<p dir="ltr" style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Helvetica, Arial, &#34;ヒラギノ角ゴ Pro&#34;, &#34;Hiragino Kaku Gothic Pro&#34;, メイリオ, Meiryo, &#34;ＭＳ Ｐゴシック&#34;, &#34;MS PGothic&#34;, sans-serif; font-size: medium; letter-spacing: normal; line-height: 1.38; text-align: right; margin-top: 0pt; margin-bottom: 0pt;"></p>
</div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96121/">
<title>2026年5月20日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96121/</link>
<description>
　今週金曜日はいよいよ体育大会ですね。各学年の団結・各色の勝利に向けて全力で練習をしている真っ只中で、色々悩みや疲れも溜まっていると思います。この数分は少しでも心を落ち着かせることができるよう、暗い話にはなってしまうのですが、頑張る勇気・人を思いやる心を少しでも養うことができいれば幸いです。&#160;

　　僕が高校１年生の時の12/24クリスマスイヴに、大切な友人の1人が天国へと旅立ちました。そのことを知ったのは命日の2日後。彼は友人の間ではいわゆるいじられキャラ的な面があったので、最初は誰かの趣味の悪いいたずらだと信じることが出来ませんでした。しかし徐々にそれが真実であることを理解したとき、悲しみよりも先に「なんでだろう」という疑念で頭がいっぱいでした。この前まで普通にみんなと話していて、亡くなる３日前も元気に部活に励んでいる姿を見たばかりなのに、と。葬儀は密葬で行われたため、彼の最後の顔を拝むことも出来ず、今でも彼がなぜ自ら命を絶ったかは分かりません。

　その後悲しみからも立ち直り、同級生のみんなも前を向いて各々の道を歩んでいますが、今でもふとした時に僕は彼のことを思い出します。仮に今彼が生きていたとして、関わりが全くない可能性も十分あり得ますが、そのような別れ方をしてしまったので、これからも僕は彼のことを忘れることは決してないでしょう。&#160;

　少し前ですが、色々なことが重なってしまい、生きることに希望を見出せない時期が自分にはありました。自分で命を捨てようとは思わないけど、寝たまま目覚めなければ良いのに、交通事故にあってそのまま&#8230;と、とことん追い詰められていました。今ではもう回復しましたが、その時に初めて彼の気持ちが少し理解できた気がしました。もう色々限界で何もかもがどうでも良くもなってしまった。もし彼がその時の僕よりも苦しい状況にいたとしたら、正直僕には彼を引き留められる自信がありません。

　人間は恐らく、同じような立場にならないと、本当の他者の気持ちは分からないのだろうなと学びました。そんな僕から１つ皆さんに言えることは「これからの人生、色々なことを経験して欲しい」ということです。もちろん悲しい経験をするべきとは思いませんが、人生経験が豊富な人の言葉には、年齢関係なく重みがあるなと感じます。

　女優兼タレントの芦田愛菜さんは17歳の時のインタビューでこんな発言をされていました。

「裏切られたとか期待していたとか言うけど、その人が裏切った訳ではなく、その人の見えなかった部分が見えただけで、その時にそれもその人なんだと受け止められる揺るがない自分がいることが、信じることだと思いました。」

　僕としては子役のイメージが未だに強い彼女ですが、この歳でこんなに達観した見方ができるのかととても驚きました。これも芸能界という競争の激しい環境で育ってきた、彼女だからこその言葉だと感じています。

　みなさんにもこの学院生活の中で、沢山の知識・経験を経て、困っている人に手を差し伸べられる・寄り添おうとすることができる人になって欲しいです。みなさんの人生に沢山の幸がありますように。これで宗教朝礼を終わります。

K.M.（数学科）


</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-05-20T08:35:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin177876236891856800" class="cms-content-parts-sin177876236891871300">
<div>　今週金曜日はいよいよ体育大会ですね。各学年の団結・各色の勝利に向けて全力で練習をしている真っ只中で、色々悩みや疲れも溜まっていると思います。この数分は少しでも心を落ち着かせることができるよう、暗い話にはなってしまうのですが、頑張る勇気・人を思いやる心を少しでも養うことができいれば幸いです。&#160;</div>
<div></div>
<div>　　僕が高校１年生の時の12/24クリスマスイヴに、大切な友人の1人が天国へと旅立ちました。そのことを知ったのは命日の2日後。彼は友人の間ではいわゆるいじられキャラ的な面があったので、最初は誰かの趣味の悪いいたずらだと信じることが出来ませんでした。しかし徐々にそれが真実であることを理解したとき、悲しみよりも先に「なんでだろう」という疑念で頭がいっぱいでした。この前まで普通にみんなと話していて、亡くなる３日前も元気に部活に励んでいる姿を見たばかりなのに、と。葬儀は密葬で行われたため、彼の最後の顔を拝むことも出来ず、今でも彼がなぜ自ら命を絶ったかは分かりません。</div>
<div></div>
<div>　その後悲しみからも立ち直り、同級生のみんなも前を向いて各々の道を歩んでいますが、今でもふとした時に僕は彼のことを思い出します。仮に今彼が生きていたとして、関わりが全くない可能性も十分あり得ますが、そのような別れ方をしてしまったので、これからも僕は彼のことを忘れることは決してないでしょう。&#160;</div>
<div></div>
<div>　少し前ですが、色々なことが重なってしまい、生きることに希望を見出せない時期が自分にはありました。自分で命を捨てようとは思わないけど、寝たまま目覚めなければ良いのに、交通事故にあってそのまま&#8230;と、とことん追い詰められていました。今ではもう回復しましたが、その時に初めて彼の気持ちが少し理解できた気がしました。もう色々限界で何もかもがどうでも良くもなってしまった。もし彼がその時の僕よりも苦しい状況にいたとしたら、正直僕には彼を引き留められる自信がありません。</div>
<div></div>
<div>　人間は恐らく、同じような立場にならないと、本当の他者の気持ちは分からないのだろうなと学びました。そんな僕から１つ皆さんに言えることは「これからの人生、色々なことを経験して欲しい」ということです。もちろん悲しい経験をするべきとは思いませんが、人生経験が豊富な人の言葉には、年齢関係なく重みがあるなと感じます。</div>
<div></div>
<div>　女優兼タレントの芦田愛菜さんは17歳の時のインタビューでこんな発言をされていました。</div>
<div></div>
<div>「裏切られたとか期待していたとか言うけど、その人が裏切った訳ではなく、その人の見えなかった部分が見えただけで、その時にそれもその人なんだと受け止められる揺るがない自分がいることが、信じることだと思いました。」</div>
<div></div>
<div>　僕としては子役のイメージが未だに強い彼女ですが、この歳でこんなに達観した見方ができるのかととても驚きました。これも芸能界という競争の激しい環境で育ってきた、彼女だからこその言葉だと感じています。</div>
<div></div>
<div>　みなさんにもこの学院生活の中で、沢山の知識・経験を経て、困っている人に手を差し伸べられる・寄り添おうとすることができる人になって欲しいです。みなさんの人生に沢山の幸がありますように。これで宗教朝礼を終わります。</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">K.M.（数学科）</div>
<p></p>
<p dir="ltr" style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Helvetica, Arial, &#34;ヒラギノ角ゴ Pro&#34;, &#34;Hiragino Kaku Gothic Pro&#34;, メイリオ, Meiryo, &#34;ＭＳ Ｐゴシック&#34;, &#34;MS PGothic&#34;, sans-serif; font-size: medium; letter-spacing: normal; line-height: 1.38; text-align: right; margin-top: 0pt; margin-bottom: 0pt;"></p>
</div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96118/">
<title>2026年5月13日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96118/</link>
<description>
&#160;おはようございます。これから宗教朝礼を始めます。

いきいきとした緑の中に、夏の気配を感じる季節になりました。
体育大会に向けて、準備や練習に協力して取り組むみなさんの姿が、多く見られます。
良い体育大会となるよう、心からお祈りしています。

さて、カトリック教会では、5月を「聖母月」と呼びます。
この前の日曜日は母の日、そして明日の朝礼では「マリア様の祈り」が行われます。
主の復活の喜びと希望に満ちたこの5月は、神の母である聖母マリアを讃え、お祈りする月です。
私にとって5月は、なんとなく心が落ち着き、どんな自分でありたいかを考えたり、身近な大切な人たちに感謝を伝えたくなる月です。

「大切な人」と聞いて、みなさんは誰を思い浮かべるでしょうか。
家族や友人、上級生・下級生、心の支えになっている存在&#8230;
それぞれに、大切な人がいるのではないでしょうか。

私には、今でも心に残っている後悔があります。
それは、数年前、家族で飼っていたワンちゃんのことです。
家に帰ると、しっぽを取れそうなくらい振って、「おかえり〜」と迎えてくれる。
誰かがつらいときには、静かにそっと、そばにいてくれる。
そんな日常が、私たち家族にとって、当たり前の光景でした。
ですが、ある日突然、その日常は終わりを迎えました。

家に帰ったとき、立ち止まって、荷物を置いて、ゆっくり抱きしめればよかった。
最後にかけた言葉は何だっただろう。最後に「大好きだよ」と伝えたのは、いつだっただろう。
次々と後悔が溢れ、涙が止まらない日々を過ごしていました。
そんな時、同じように深い悲しみの中にいる母が、命があるうちにしかできない大切なことを、私に語ってくれました。

私たちは、さまざまな人や命と関わりながら生活しています。
けれど、その存在が近ければ近いほど、感謝の気持ちはどこか照れ臭くて、「言わなくても分かるだろう」と思ってしまったり、それなのに、感情的なことはつい口にしてしまったり&#8230;
そんな経験が、誰にでもあるのではないでしょうか。

挨拶や「ありがとう」
これらはどれも小さな言葉ですが、確かな言葉のプレゼントであり、その一言が相手の心をあたためます。

私は、みなさんと交わす挨拶が大好きです。
私はクラスでのお祈りの後、少し間を置いて、しっかりみんなの方を向いて、大きな声と笑顔で挨拶をすることを意識しています。
「おはようございます。」のときには、
「今日もみんなに会えて嬉しいよ。頑張ろうね。」という気持ちを。
「さようなら」のときには、
「今日もありがとう。どうか明日も、みんなが元気に登校してきてくれますように。」
という気持ちを込めています。
きっと、今みなさんの近くにいる先生方も、同じ気持ちだと思います。

「また明日ね」と言い合えることの尊さも、当たり前のようで、決して当たり前ではありません。
少し考えすぎかもしれませんが、明日もこうして教室に集まれる保証はどこにもありません。
もしかしたら、人によっては少し憂鬱に感じてしまう学校生活も、いつか、恋しくてたまらなくなる日が来るかもしれません。
私たちは、目の前にある現状に不満を感じてしまいがちです。
でも、それを失って初めて気づくものが、たくさんあります。

ここで、一冊の絵本を紹介します。
ハンス・ウィルヘルムの「ずーっと　ずっと　だいすきだよ」というお話です。
この物語には、エルフィーという犬と、男の子が登場します。
二人は毎日一緒に過ごし、家族みんなに愛されていました。
けれど、家族はエルフィーのことが大好きでも、その気持ちを言葉にすることはあまりありませんでした。そんな中、男の子だけは毎晩、こう伝えていました。
「エルフィー、ずーっと、ずっと、だいすきだよ」と。
やがてエルフィーは亡くなり、家族は大きな悲しみに包まれます。
でも男の子は、少しだけ違いました。毎日、「大好きだよ」と伝えていたからです。
私はこのお話を読んだとき、自分の経験と重なり、胸がぎゅっと締め付けられました。

もし、大切な人に明日会えなくなるとしたら、今日どんな言葉をかけたいですか。

言葉は形には残りません。でも、その温もりは必ず、相手の心の中に残り続けます。
マリア様が、静かな愛でイエス様を見守り続けたように、私たちも、身近な人に感謝の気持ちを言葉にして届ける意識と勇気を持てたらと思います。

みなさんが今日も一日、誰かと心を通わせながら楽しく過ごせることを願っています。
これで、宗教朝礼を終わります。

H.S.（芸術科）

</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-05-13T14:40:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin177865110723076100" class="cms-content-parts-sin177865110723084000">
<p>&#160;おはようございます。これから宗教朝礼を始めます。</p>
<div></div>
<div>いきいきとした緑の中に、夏の気配を感じる季節になりました。</div>
<div>体育大会に向けて、準備や練習に協力して取り組むみなさんの姿が、多く見られます。</div>
<div>良い体育大会となるよう、心からお祈りしています。</div>
<div></div>
<div>さて、カトリック教会では、5月を「聖母月」と呼びます。</div>
<div>この前の日曜日は母の日、そして明日の朝礼では「マリア様の祈り」が行われます。</div>
<div>主の復活の喜びと希望に満ちたこの5月は、神の母である聖母マリアを讃え、お祈りする月です。</div>
<div>私にとって5月は、なんとなく心が落ち着き、どんな自分でありたいかを考えたり、身近な大切な人たちに感謝を伝えたくなる月です。</div>
<div></div>
<div>「大切な人」と聞いて、みなさんは誰を思い浮かべるでしょうか。</div>
<div>家族や友人、上級生・下級生、心の支えになっている存在&#8230;</div>
<div>それぞれに、大切な人がいるのではないでしょうか。</div>
<div></div>
<div>私には、今でも心に残っている後悔があります。</div>
<div>それは、数年前、家族で飼っていたワンちゃんのことです。</div>
<div>家に帰ると、しっぽを取れそうなくらい振って、「おかえり〜」と迎えてくれる。</div>
<div>誰かがつらいときには、静かにそっと、そばにいてくれる。</div>
<div>そんな日常が、私たち家族にとって、当たり前の光景でした。</div>
<div>ですが、ある日突然、その日常は終わりを迎えました。</div>
<div></div>
<div>家に帰ったとき、立ち止まって、荷物を置いて、ゆっくり抱きしめればよかった。</div>
<div>最後にかけた言葉は何だっただろう。最後に「大好きだよ」と伝えたのは、いつだっただろう。</div>
<div>次々と後悔が溢れ、涙が止まらない日々を過ごしていました。</div>
<div>そんな時、同じように深い悲しみの中にいる母が、命があるうちにしかできない大切なことを、私に語ってくれました。</div>
<div></div>
<div>私たちは、さまざまな人や命と関わりながら生活しています。</div>
<div>けれど、その存在が近ければ近いほど、感謝の気持ちはどこか照れ臭くて、「言わなくても分かるだろう」と思ってしまったり、それなのに、感情的なことはつい口にしてしまったり&#8230;</div>
<div>そんな経験が、誰にでもあるのではないでしょうか。</div>
<div></div>
<div>挨拶や「ありがとう」</div>
<div>これらはどれも小さな言葉ですが、確かな言葉のプレゼントであり、その一言が相手の心をあたためます。</div>
<div></div>
<div>私は、みなさんと交わす挨拶が大好きです。</div>
<div>私はクラスでのお祈りの後、少し間を置いて、しっかりみんなの方を向いて、大きな声と笑顔で挨拶をすることを意識しています。</div>
<div>「おはようございます。」のときには、</div>
<div>「今日もみんなに会えて嬉しいよ。頑張ろうね。」という気持ちを。</div>
<div>「さようなら」のときには、</div>
<div>「今日もありがとう。どうか明日も、みんなが元気に登校してきてくれますように。」</div>
<div>という気持ちを込めています。</div>
<div>きっと、今みなさんの近くにいる先生方も、同じ気持ちだと思います。</div>
<div></div>
<div>「また明日ね」と言い合えることの尊さも、当たり前のようで、決して当たり前ではありません。</div>
<div>少し考えすぎかもしれませんが、明日もこうして教室に集まれる保証はどこにもありません。</div>
<div>もしかしたら、人によっては少し憂鬱に感じてしまう学校生活も、いつか、恋しくてたまらなくなる日が来るかもしれません。</div>
<div>私たちは、目の前にある現状に不満を感じてしまいがちです。</div>
<div>でも、それを失って初めて気づくものが、たくさんあります。</div>
<div></div>
<div>ここで、一冊の絵本を紹介します。</div>
<div>ハンス・ウィルヘルムの「ずーっと　ずっと　だいすきだよ」というお話です。</div>
<div>この物語には、エルフィーという犬と、男の子が登場します。</div>
<div>二人は毎日一緒に過ごし、家族みんなに愛されていました。</div>
<div>けれど、家族はエルフィーのことが大好きでも、その気持ちを言葉にすることはあまりありませんでした。そんな中、男の子だけは毎晩、こう伝えていました。</div>
<div>「エルフィー、ずーっと、ずっと、だいすきだよ」と。</div>
<div>やがてエルフィーは亡くなり、家族は大きな悲しみに包まれます。</div>
<div>でも男の子は、少しだけ違いました。毎日、「大好きだよ」と伝えていたからです。</div>
<div>私はこのお話を読んだとき、自分の経験と重なり、胸がぎゅっと締め付けられました。</div>
<div></div>
<div>もし、大切な人に明日会えなくなるとしたら、今日どんな言葉をかけたいですか。</div>
<div></div>
<div>言葉は形には残りません。でも、その温もりは必ず、相手の心の中に残り続けます。</div>
<div>マリア様が、静かな愛でイエス様を見守り続けたように、私たちも、身近な人に感謝の気持ちを言葉にして届ける意識と勇気を持てたらと思います。</div>
<div></div>
<div>みなさんが今日も一日、誰かと心を通わせながら楽しく過ごせることを願っています。</div>
<div>これで、宗教朝礼を終わります。</div>
<div></div>
<div>H.S.（芸術科）</div>
<div></div>
</div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96113/">
<title>2026年4月22日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96113/</link>
<description>&#160;私は昨年、25年ぶりに裾野に来ました。　今、不二聖心の学校生活を垣間見ながらなんと幸せな生徒たちだろうと、現場にいたときにはそこまで見えなかったことがよく見えるようになりました。　
なにがそんなに幸せなのかというと、先生方、保護者の皆さまなど、大人全員が皆さんの教育にかけて下さっている愛情です。つまり神様の愛と同じ種類の本物の愛情です。皆さんがこのことを本当にわかるのは大人になってからかもしれません。　それくらい本気で教育されているという幸せです。
　
不二聖心の新年度は、先生方がミサで皆さんのために祈ることから始まります。これってすごいことだと思いませんか？　
　
私が特に感動しているのが宗教朝礼です。　ホームページで長いこと読んでいますが、そこで何に感動するかというと、先生方が、表現は皆さんに分かるようにしておられるけれども、内容は皆さんを子ども扱いせずに、人間同士として、人生の様々な事を本気で伝えておられるという事です。　ですから大人が聞いても味わい深いのです。　おとなになってからも読み返してみて下さい。　きっと今は分からないメッセージに助けられると思います。

それから中三の卒業研究です。ただでさえ忙しい先生方が、あらゆるテーマが飛び出してくる卒業研究に一人一人本気で立ち向かわれる事。　専門分野でないと指導の先生も勉強されること。　提出後に忙しい中でそれを読まれる事。　面接は皆さんにとっても大変でしょうが、先生方はご自分の指導されたのとは違うテーマにも本気で面接をしてくださいます。これが皆さんの将来の勉強や活動につながっていくこともあるし、そうでなくても、この経験は必ず人生の力になります。　幸せな中三だと私は毎年感動していました。　ですから、秋のつどいで卒業研究を見るのをいつも楽しみにしています。そしてこの卒業研究で身に着けた能力はその後の大学での勉強や、社会生活にも役に立っているようです。　

オリエンテーリングやクロスカントリーなどのために先生方が暗くなっても準備しておられるのを見ると、これを生徒への愛というのだとつくづく思います。天気が悪い時は本当に大変です。
この大自然も皆さんの心と体の成長に大きく貢献しています。　ホームページの「フィールド日記」を読むと目の前の自然の美しさに感動します。そして体育大会も街中の学校のように、声の大きさに気を付けながらではなく、遠慮なく大きな声を出すことができるのは、大自然の中の学校だからです。
　
そして皆さんのために多分犠牲を払って不二聖心を選んでくださったご家族の愛です。聖心の教育は、生徒一人一人の人生全体を視野に入れた息の長い教育です。「わたしを変える、世界が変わる」、これは一晩で達成される事ではありませんが、一生の幸せにつながります。
今の時代に、学校を選ぶのにここまで考える人は多くはないかもしれません。皆さんのご家族は皆さんが人生全体に渡って本当の幸せを生きる事ができる事を願って、不二聖心に入学させてくださったのでしょうと思います。　


昨年の小中高校生の自殺は532人、統計のある1980年以降で一番多い数になりました。
皆さんが死にたくなるようなときがあるかどうか分かりませんが人間が成長するためにはきついなと思う事をとおることも意味があります。　皆さんもいやなこと、大変な事にもぶつかると思います。　そういう時には、宗教朝礼を読んでみるとか、先生方に相談するとか、助けを探してみて下さい。

　そして、今は面倒だと思う事があるかもしれないけれども、お祈りを身に着けることは、自分のためにもお互いの助け合いのためにも大きな力になります。　人生には祈ることでしか手伝えないことが沢山あります。でも大人になってから祈りで助け合えるのはしあわせな事です。

　神さまは、私たちがどんな状況の時も、つまり良い人間でいるか駄目な人間だと感じるかに関係なく、必ず私たち一人一人と一緒にいて下さる方だという事を、不二聖心の生活の中で体験していってください。

K.I.(修道院)

</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-04-22T11:05:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin177682400503852800" class="cms-content-parts-sin177682400503860600"><p>&#160;私は昨年、25年ぶりに裾野に来ました。　今、不二聖心の学校生活を垣間見ながらなんと幸せな生徒たちだろうと、現場にいたときにはそこまで見えなかったことがよく見えるようになりました。　</p>
<div>なにがそんなに幸せなのかというと、先生方、保護者の皆さまなど、大人全員が皆さんの教育にかけて下さっている愛情です。つまり神様の愛と同じ種類の本物の愛情です。皆さんがこのことを本当にわかるのは大人になってからかもしれません。　それくらい本気で教育されているという幸せです。</div>
<div>　</div>
<div>不二聖心の新年度は、先生方がミサで皆さんのために祈ることから始まります。これってすごいことだと思いませんか？　</div>
<div>　</div>
<div>私が特に感動しているのが宗教朝礼です。　ホームページで長いこと読んでいますが、そこで何に感動するかというと、先生方が、表現は皆さんに分かるようにしておられるけれども、内容は皆さんを子ども扱いせずに、人間同士として、人生の様々な事を本気で伝えておられるという事です。　ですから大人が聞いても味わい深いのです。　おとなになってからも読み返してみて下さい。　きっと今は分からないメッセージに助けられると思います。</div>
<div></div>
<div>それから中三の卒業研究です。ただでさえ忙しい先生方が、あらゆるテーマが飛び出してくる卒業研究に一人一人本気で立ち向かわれる事。　専門分野でないと指導の先生も勉強されること。　提出後に忙しい中でそれを読まれる事。　面接は皆さんにとっても大変でしょうが、先生方はご自分の指導されたのとは違うテーマにも本気で面接をしてくださいます。これが皆さんの将来の勉強や活動につながっていくこともあるし、そうでなくても、この経験は必ず人生の力になります。　幸せな中三だと私は毎年感動していました。　ですから、秋のつどいで卒業研究を見るのをいつも楽しみにしています。そしてこの卒業研究で身に着けた能力はその後の大学での勉強や、社会生活にも役に立っているようです。　</div>
<div></div>
<div>オリエンテーリングやクロスカントリーなどのために先生方が暗くなっても準備しておられるのを見ると、これを生徒への愛というのだとつくづく思います。天気が悪い時は本当に大変です。</div>
<div>この大自然も皆さんの心と体の成長に大きく貢献しています。　ホームページの「フィールド日記」を読むと目の前の自然の美しさに感動します。そして体育大会も街中の学校のように、声の大きさに気を付けながらではなく、遠慮なく大きな声を出すことができるのは、大自然の中の学校だからです。</div>
<div>　</div>
<div>そして皆さんのために多分犠牲を払って不二聖心を選んでくださったご家族の愛です。聖心の教育は、生徒一人一人の人生全体を視野に入れた息の長い教育です。「わたしを変える、世界が変わる」、これは一晩で達成される事ではありませんが、一生の幸せにつながります。</div>
<div>今の時代に、学校を選ぶのにここまで考える人は多くはないかもしれません。皆さんのご家族は皆さんが人生全体に渡って本当の幸せを生きる事ができる事を願って、不二聖心に入学させてくださったのでしょうと思います。　</div>
<div></div>
<div></div>
<div>昨年の小中高校生の自殺は532人、統計のある1980年以降で一番多い数になりました。</div>
<div>皆さんが死にたくなるようなときがあるかどうか分かりませんが人間が成長するためにはきついなと思う事をとおることも意味があります。　皆さんもいやなこと、大変な事にもぶつかると思います。　そういう時には、宗教朝礼を読んでみるとか、先生方に相談するとか、助けを探してみて下さい。</div>
<div></div>
<div>　そして、今は面倒だと思う事があるかもしれないけれども、お祈りを身に着けることは、自分のためにもお互いの助け合いのためにも大きな力になります。　人生には祈ることでしか手伝えないことが沢山あります。でも大人になってから祈りで助け合えるのはしあわせな事です。</div>
<div></div>
<div>　神さまは、私たちがどんな状況の時も、つまり良い人間でいるか駄目な人間だと感じるかに関係なく、必ず私たち一人一人と一緒にいて下さる方だという事を、不二聖心の生活の中で体験していってください。</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">K.I.(修道院)</div>
<div></div>
<p></p></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96103/">
<title>2026年2月18日</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96103/</link>
<description>&#160;今日は灰の水曜日、四旬節が始まります。 高校1年生が宗教の授業の中で四旬節のエコカレンダーを作成しました。（画像をクリックしていただけますとカレンダーのファイルが開きます。） このカレンダーの言葉とともに復活祭までの歩みをご一緒にしていただければ幸いです。 </description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-02-18T00:35:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin177134291423913700" class="cms-content-parts-sin177134291423923800"><p>&#160;今日は灰の水曜日、四旬節が始まります。<br /> 高校1年生が宗教の授業の中で四旬節のエコカレンダーを作成しました。<br />（画像をクリックしていただけますとカレンダーのファイルが開きます。）<br /> このカレンダーの言葉とともに復活祭までの歩みをご一緒にしていただければ幸いです。<br /> <a href="/files/PDFpublic/2025/files2026021800411823.pdf" target="_blank" rel="otherurl"><img src="https://fujiseishin-jh.ed.jp/images/teachersmessage/images2026021800474036.jpg" width="347" height="240" alt="" /></a></p></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96101/">
<title>2026年2月11日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96101/</link>
<description>&#160;私はこの冬休み、娘と一緒に映画「ズートピア２」を観ました。２の鑑賞前に前作の「ズートピア」も初めて観たのですが、これほどの名作を10年も放置していたなんて、自分でも勿体無いことをしたと、今さらながら後悔しました。

ズートピアとは物語の舞台となる都市の名前です。動物園「ズー」と理想郷「ユートピア」を組み合わせた名前の通り、かつては敵対していた肉食動物と草食動物が、種族の違いを超えて共に暮らす巨大都市です。ズートピアでは「誰でも何にでもなれる」という輝かしい理想が掲げられ、様々な動物たちが共に暮らし、自由で平等な多文化共生社会　が実現している、ように見えます。けれど、実際には様々な問題を抱えており、そしてそれらは、私たち人間社会が抱える課題と鏡合わせのように対応しています。

例えば主人公のウサギのジュディは、警察官になりたい、と小さい頃に宣言しますが、友達からは馬鹿にされ、両親からもこれまで警察官になったウサギはいない、とたしなめられます。警察学校に入った後も苦労は続きます。様々なトレーニングのあり方、トイレや会議場など警察学校の設備や制度そのものが、大型動物向けに設計され、小動物にとって適切ではないものでした。私たちの社会でも、職業選択の自由、ジェンダー平等などが謳われつつも、現実には政治や経営、社会生活の場が、特定の属性を持つ人々にとって有利な設計となり、その設計に合わない人たちを排除していることがあります。

ズートピアで肉食動物が皆優遇されているわけでもありません。もう一人の主人公、キツネのニックも、周囲からはキツネだというだけで「ずる賢い」「嘘つき」「詐欺師」というレッテルを貼られ、幼い頃には自身の夢を諦めた経験がありました。ズートピアの理想の裏側には根深い偏見、そしてそこから生まれる差別がありました。偏見を嫌い、正義感あふれるジュディですら、キツネのニックに初めて話しかける際、無意識に「キツネよけスプレー」に手を伸ばしてしまう場面が描かれていました。

「多文化共生」という言葉は耳に心地よいものですが、そう簡単に実現できるものではないようです。自分と異なる価値観、文化、習慣を持つ「他者」と隣り合わせで生きることは、時に摩擦を生み、苛立ちや疲れを引き起こします。私たちが無意識にもつ偏見から逃れるためには、どうしたら良いのでしょうか。

北九州市で30年以上にわたりホームレス支援や困窮者保護に力を尽くし続けている、NPO法人「抱樸（ほうぼく）」の理事長で牧師である奥田知志（おくだともし）さん、という方がいらっしゃいます。この方がある対談で、次のように語っていました。

時々、私が（ホームレスの方に）「いや苦労されましたね。わかりますよ。本当にしんどかったね」って言った瞬間に、「おまえに俺の何がわかるんだ」ってぼろくそに怒られることがあるんですよ。やっぱり人間って簡単にわかってもらっちゃ困るんです。人間の尊厳というのは、厳しいものですよね。尊く厳しいのが尊厳です。他者である限りは乗り越えられない壁がある。絶対的な他者性みたいなものの前で、しかし、「おまえのことなんかわかるか」で終わらせるんじゃなくて、それでもそのおじさんの話を聞こうとする。共感も大事だけど、共感が不可能だっていうことにまず共感しないと始まらない。「共感不可能性の共感」なんて言い方をしてきましたが、ここを無視して一足跳びに共感を目指しちゃうと、一足跳びに答えを探している世界と変わらない。それは当事者に対して失礼な話になる。

皆さんの不二聖心での生活も、一つの小さな「ズートピア」かもしれません。皆さんは授業や奉仕活動、友人との関わりを通して、自分とは異なる「他者」と出会ってきましたし、これからも出会っていきます。その際、相手を自分の物差しでカテゴライズし、分かったつもりになる誘惑に駆られることもあるでしょう。ここで大切なのは、相手との違いを安易に埋めることではなく、自分の中にある偏見を自覚し、葛藤を抱えながらも、粘り強く目の前にいる一人の『あなた』という存在に深く向き合い、じっくりと対話を続けていくことではないでしょうか。先日行われた中学校国語弁論大会でも、この偏見と差別について語ってくださった方がいて、とても嬉しく思いました。

映画「ズートピア」の中で、ある行為によってニックを深く傷つけてしまったジュディは、一度ニックと離れます。しかしその後、橋のたもとでニックに謝り、事件解決に向けて二人は再び手を取り合うのでした。橋、という舞台はとても象徴的です。歴代の教皇様も、しばしば分断の象徴として「壁」、相手とのつながりの象徴として「橋」、の言葉を使われてきました。

最後に、レオ十四世教皇様の言葉を紹介します。昨年、教皇選挙によって選出されたあとの、最初の挨拶です。
「わたしたちはキリストの弟子です。キリストはわたしたちに先立って歩んでくださいます。世界はこの方の光を必要としています。人類は、神とその愛に達するための橋として、この方を必要としています。皆さんもわたしたちを助けてください。対話と出会いによって互いに橋をかけるために。わたしたちが皆、一つに結ばれて、常に平和のうちにある唯一の民となることができるために」

高校３年生にとっては、不二聖心で過ごす日々も、いよいよ残りわずかとなりました。皆さんはこれまで、この学び舎の中で、多くの「橋」を多くの人との間に架けてきました。不二聖心で学んだことを大切にして、それぞれの次のステップでも「壁」を壊し、「橋」を架ける人として、活躍していってほしいと願っています。
これで宗教朝礼を終わります。

参考文献・映画
ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ「ズートピア」（2016年、バイロン・ハワード監督）
奥田知志・永井玲衣「『希望のまちプロジェクト』レポート　人と人との『間』から」（集英社「すばる」2026年1月号p61）
教皇レオ十四世の最初の祝福　サンピエトロ大聖堂バルコニーにて　
https://www.cbcj.catholic.jp/2025/05/09/32332/

S.N.(社会科・地歴公民科）

</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-02-11T12:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin177095173883952300" class="cms-content-parts-sin177095173883960500"><p>&#160;私はこの冬休み、娘と一緒に映画「ズートピア２」を観ました。２の鑑賞前に前作の「ズートピア」も初めて観たのですが、これほどの名作を10年も放置していたなんて、自分でも勿体無いことをしたと、今さらながら後悔しました。</p>
<div></div>
<div>ズートピアとは物語の舞台となる都市の名前です。動物園「ズー」と理想郷「ユートピア」を組み合わせた名前の通り、かつては敵対していた肉食動物と草食動物が、種族の違いを超えて共に暮らす巨大都市です。ズートピアでは「誰でも何にでもなれる」という輝かしい理想が掲げられ、様々な動物たちが共に暮らし、自由で平等な多文化共生社会　が実現している、ように見えます。けれど、実際には様々な問題を抱えており、そしてそれらは、私たち人間社会が抱える課題と鏡合わせのように対応しています。</div>
<div></div>
<div>例えば主人公のウサギのジュディは、警察官になりたい、と小さい頃に宣言しますが、友達からは馬鹿にされ、両親からもこれまで警察官になったウサギはいない、とたしなめられます。警察学校に入った後も苦労は続きます。様々なトレーニングのあり方、トイレや会議場など警察学校の設備や制度そのものが、大型動物向けに設計され、小動物にとって適切ではないものでした。私たちの社会でも、職業選択の自由、ジェンダー平等などが謳われつつも、現実には政治や経営、社会生活の場が、特定の属性を持つ人々にとって有利な設計となり、その設計に合わない人たちを排除していることがあります。</div>
<div></div>
<div>ズートピアで肉食動物が皆優遇されているわけでもありません。もう一人の主人公、キツネのニックも、周囲からはキツネだというだけで「ずる賢い」「嘘つき」「詐欺師」というレッテルを貼られ、幼い頃には自身の夢を諦めた経験がありました。ズートピアの理想の裏側には根深い偏見、そしてそこから生まれる差別がありました。偏見を嫌い、正義感あふれるジュディですら、キツネのニックに初めて話しかける際、無意識に「キツネよけスプレー」に手を伸ばしてしまう場面が描かれていました。</div>
<div></div>
<div>「多文化共生」という言葉は耳に心地よいものですが、そう簡単に実現できるものではないようです。自分と異なる価値観、文化、習慣を持つ「他者」と隣り合わせで生きることは、時に摩擦を生み、苛立ちや疲れを引き起こします。私たちが無意識にもつ偏見から逃れるためには、どうしたら良いのでしょうか。</div>
<div></div>
<div>北九州市で30年以上にわたりホームレス支援や困窮者保護に力を尽くし続けている、NPO法人「抱樸（ほうぼく）」の理事長で牧師である奥田知志（おくだともし）さん、という方がいらっしゃいます。この方がある対談で、次のように語っていました。</div>
<div></div>
<div>時々、私が（ホームレスの方に）「いや苦労されましたね。わかりますよ。本当にしんどかったね」って言った瞬間に、「おまえに俺の何がわかるんだ」ってぼろくそに怒られることがあるんですよ。やっぱり人間って簡単にわかってもらっちゃ困るんです。人間の尊厳というのは、厳しいものですよね。尊く厳しいのが尊厳です。他者である限りは乗り越えられない壁がある。絶対的な他者性みたいなものの前で、しかし、「おまえのことなんかわかるか」で終わらせるんじゃなくて、それでもそのおじさんの話を聞こうとする。共感も大事だけど、共感が不可能だっていうことにまず共感しないと始まらない。「共感不可能性の共感」なんて言い方をしてきましたが、ここを無視して一足跳びに共感を目指しちゃうと、一足跳びに答えを探している世界と変わらない。それは当事者に対して失礼な話になる。</div>
<div></div>
<div>皆さんの不二聖心での生活も、一つの小さな「ズートピア」かもしれません。皆さんは授業や奉仕活動、友人との関わりを通して、自分とは異なる「他者」と出会ってきましたし、これからも出会っていきます。その際、相手を自分の物差しでカテゴライズし、分かったつもりになる誘惑に駆られることもあるでしょう。ここで大切なのは、相手との違いを安易に埋めることではなく、自分の中にある偏見を自覚し、葛藤を抱えながらも、粘り強く目の前にいる一人の『あなた』という存在に深く向き合い、じっくりと対話を続けていくことではないでしょうか。先日行われた中学校国語弁論大会でも、この偏見と差別について語ってくださった方がいて、とても嬉しく思いました。</div>
<div></div>
<div>映画「ズートピア」の中で、ある行為によってニックを深く傷つけてしまったジュディは、一度ニックと離れます。しかしその後、橋のたもとでニックに謝り、事件解決に向けて二人は再び手を取り合うのでした。橋、という舞台はとても象徴的です。歴代の教皇様も、しばしば分断の象徴として「壁」、相手とのつながりの象徴として「橋」、の言葉を使われてきました。</div>
<div></div>
<div>最後に、レオ十四世教皇様の言葉を紹介します。昨年、教皇選挙によって選出されたあとの、最初の挨拶です。</div>
<div>「わたしたちはキリストの弟子です。キリストはわたしたちに先立って歩んでくださいます。世界はこの方の光を必要としています。人類は、神とその愛に達するための橋として、この方を必要としています。皆さんもわたしたちを助けてください。対話と出会いによって互いに橋をかけるために。わたしたちが皆、一つに結ばれて、常に平和のうちにある唯一の民となることができるために」</div>
<div></div>
<div>高校３年生にとっては、不二聖心で過ごす日々も、いよいよ残りわずかとなりました。皆さんはこれまで、この学び舎の中で、多くの「橋」を多くの人との間に架けてきました。不二聖心で学んだことを大切にして、それぞれの次のステップでも「壁」を壊し、「橋」を架ける人として、活躍していってほしいと願っています。</div>
<div>これで宗教朝礼を終わります。</div>
<div></div>
<div>参考文献・映画</div>
<div>ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ「ズートピア」（2016年、バイロン・ハワード監督）</div>
<div>奥田知志・永井玲衣「『希望のまちプロジェクト』レポート　人と人との『間』から」（集英社「すばる」2026年1月号p61）</div>
<div>教皇レオ十四世の最初の祝福　サンピエトロ大聖堂バルコニーにて　</div>
<div>https://www.cbcj.catholic.jp/2025/05/09/32332/</div>
<div style="text-align: right;"></div>
<div style="text-align: right;">S.N.(社会科・地歴公民科）</div>
<div></div>
<div></div></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96091/">
<title>2026年1月21日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2026/96091/</link>
<description>
　宗教朝礼で何を話そうかすぐにアイデアが浮かばなかったので、AIに相談したところ、とても素晴らしい宗教的な内容を提案されたのですが、たぶん自分では絶対に思いつかないような言葉や内容が含まれていてそれを使うのは違和感を感じ、今回は宗教から少しはずれますが、自分が今感じていることを伝えたいと思います。
先日、テレビを見ていたらある地域で中学生対象に人権に関する標語を募集したところ、優秀な作品が７作選ばれ、作成した中学生５名を集めてどのようにその標語を考えたかを調査するという企画の番組がありました。５名中３名がAIで作成したと答えていました。AIを使わなかった生徒は自分で考えないと心がこもっていないと言い、AIを使った生徒は素晴らしい内容ならどう作成しようと問題ないと答えていました。
　現在、大学では課題作成をAIに丸投げして提出し、自分では考えない学生が増えている一方で、時間をかけて考え一生懸命課題を作成する学生もいます。そしてAIで作成した学生の方が高い評価がつき、自分で作成したまじめな学生には低い評価がつき自己肯定感が下がり自分のやり方に悩んでいる人が多くいるという報道を見ました。
私にも大学２年と４年の息子がいますが、日頃、教科書やノートを使っている様子がなく、パソコンばかりいじっていて勉強している気配がないのでちゃんと授業を受けているのか心配になって聞いたことがあります。テキストはクラウド上に載っており、板書の内容はタブレットで撮影しているので教科書もノートも必要ないとそっけなく返答されました。分厚い数学の専門書を持ち歩いていた時代との世代間ギャプにショックを受けました。
　それに関連して気になるニュースが先週ネットの記事にありました。その記事を読みます。
&#160;タブレット学習が定着した今も、新春の書き初めは小学校の定番行事だ。ところがキーボードやスマホ入力が当たり前になった昨今は、漢字の書き順などを正しく書けない子どもが増えているという。かたや大人も手書きする機会は激減しており、いざペンで書こうとして、漢字が出てこない、脳が衰えているのでは、と焦った経験がある人は少なくないはずだ。手書きをしなくなったことで、人間はどう変わったのか。順天堂大学医学部の矢野裕一朗教授に話を聞いた。
スマホやPCの入力と手書き、脳に及ぼす影響は何が違うのか？
　手書きではすべて書き写すのは不可能なので、脳が瞬時に情報を要約して優先順をつけ、自分の言葉で概念を再構築する必要に迫られます。結果、手書きした学生の方が記憶の定着率も理解度も圧倒的に高い。
　デジタルは情報の保存に長けているが、知識として定着させるにはアナログの方が効果が高いことが実証されている。
　昨今は板書を写真に撮る学生も増えていますが、記憶の定着という観点からはマイナスに働く可能性があります。これは単なる精神論ではなく、心理学で、写真撮影による記憶喪失効果として知られる現象です。データに保存したことで安心感を得てしまい、復習をしなくなってしまうわけです。大切なことは後から必ずノートに書き写すなど、アナログとデジタルの使い分けを提案したいところです。
　スマホが常に手元にある現代、写真を撮って覚えた気になってしまうという勘違い現象にドキッとした大人も多いのではないでしょうか。デジタルツールやAIは、仕事や生活のあらゆる場面で切っても切り離せなくなっています。
　定型的な業務処理やミスのない遂行において、デジタルツールは最強のパフォーマンスを発揮します。とはいえ、デジタルの示す正解は、誰もが到達できるコモディティ化された正解に陥りがちであるという側面も否定できません。
　対して、アナログな個人的記憶や経験といった独自の文脈から引き出された言葉やアイデアには、他者には模倣できないオリジナリティ溢れる価値があります。処理速度を求めるならデジタル、独自の価値を創出するならアナログ。この使い分けこそが、ビジネスパーソンのパフォーマンスを最大化する鍵となるでしょう。
　子どもから大人まで、日々デジタルの恩恵にあずかる現代人。今は気にならなくとも、その影響が深刻化するのは近い将来かもしれません。
脳科学には、使わなければ失われるという鉄則があり、神経回路のシナプス結合も使わなければどんどん弱まってしまいます。文章の作成をAIに任せきりになったり、特に手書きという高度なマルチタスク（指先の操作+記憶の検索+言語構成）をやめてしまうことは、脳への血流と刺激を遮断することに等しく、脳の老化を加速させるリスク要因になります。
AIの弊害が表面化するのは5～10年後、老害が低年齢化すると予想される。
　さらに興味深いのが、スマホで文字入力している時と手書きで文字を書いている時の脳血流を比較測定した研究です。スマホ入力ではあまり働いていない脳の前頭前野が、手書きをしている時は活発に働き、血流量が増加していることが確認されました。思考やコミュニケーションを司る前頭前野は加齢とともに最も早く機能低下が始まりやすい部位であり、ここが衰えるとイライラしたり、怒りっぽくなったりと感情の抑制が効かなくなります。昨今ではいわゆる&#8220;老害&#8221;的な行動の原因が、加齢に伴う前頭前野の衰えと関連していることが知られています。この現状に対し、矢野教授は、ＡＩ等の進歩により数年後には自分で考えることをしなくなり脳の老化の低年齢化がクローズアップされるだろうと警鐘を鳴らしています。　※１　　
&#160;
この記事を読んで、社会全体がデジタルやAIに依存しすぎると全世代で感情の抑制が効かない人が増えるのでは不安になりました。
　最後に私ごとで恐縮ですが、今年１月２日に１４年間飼っていたポメラニアンが息を引き取りました。昨年の１２月中旬から元気がなくなり自力で食事が出来なくなったので冬休みには毎日動物病院に朝預けて、強制給餌をしてもらい夕方に迎えにいく日々が続きました。何とか年は越せたもののどんどん瘦せ細っていきました。１月２日朝預けて、夕方、思いついていつもより１時間位早く病院に迎えに行くと看護師さんが今日は比較的元気で何とか食事を食べられたので今連れてきますと言ってくれました。安心した直後、獣医さんが来て急に心臓が止まりかけていますと慌てています。
　急いで心臓マッサージをしてもらいましたが、乾電池が切れたように動きが止まり命が途絶えました。
　迎えに来るまで死ぬのを待っていてくれたのかも知れませんが、その日に限って１時間早く迎えにいったために最期を看取ることが出来ました。それが偶然ではなく神様が導いてくれた気がしてなりません。そして無事天国に着けるよう神様にお祈りをしました。
　AIに相談することは出来ますが、本当の意味で寂しさや悲しさを癒したり、祈りを捧げることが出来るとは思えません。それは神様にしか出来ないような気がします。私自身AIに依存しすぎないように関わっていきたいと思います。皆さんもスマホやＡＩとの関わり方について一度考えてみて下さい。
J.K.（数学科・情報科）

&#160;※１　山陽新聞web記事（2026年01月16日）https://www.sanyonews.jp/article/1858414?kw=4
&#160;
&#160;
&#160;

&#160;
</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2026-01-21T09:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin176904070298764900" class="cms-content-parts-sin176904070298775000">
<p class="MsoNormal">　宗教朝礼で何を話そうかすぐにアイデアが浮かばなかったので、<span lang="EN-US">AI</span>に相談したところ、とても素晴らしい宗教的な内容を提案されたのですが、たぶん自分では絶対に思いつかないような言葉や内容が含まれていてそれを使うのは違和感を感じ、今回は宗教から少しはずれますが、自分が今感じていることを伝えたいと思います。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent:10.5pt;mso-char-indent-count:1.0">先日、テレビを見ていたらある地域で中学生対象に人権に関する標語を募集したところ、優秀な作品が７作選ばれ、作成した中学生５名を集めてどのようにその標語を考えたかを調査するという企画の番組がありました。５名中３名が<span lang="EN-US">AI</span>で作成したと答えていました。<span lang="EN-US">AI</span>を使わなかった生徒は自分で考えないと心がこもっていないと言い、<span lang="EN-US">AI</span>を使った生徒は素晴らしい内容ならどう作成しようと問題ないと答えていました。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal">　現在、大学では課題作成を<span lang="EN-US">AI</span>に丸投げして提出し、自分では考えない学生が増えている一方で、時間をかけて考え一生懸命課題を作成する学生もいます。そして<span lang="EN-US">AI</span>で作成した学生の方が高い評価がつき、自分で作成したまじめな学生には低い評価がつき自己肯定感が下がり自分のやり方に悩んでいる人が多くいるという報道を見ました。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span><br />
私にも大学２年と４年の息子がいますが、日頃、教科書やノートを使っている様子がなく、パソコンばかりいじっていて勉強している気配がないのでちゃんと授業を受けているのか心配になって聞いたことがあります。テキストはクラウド上に載っており、板書の内容はタブレットで撮影しているので教科書もノートも必要ないとそっけなく返答されました。分厚い数学の専門書を持ち歩いていた時代との世代間ギャプにショックを受けました。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal">　それに関連して気になるニュースが先週ネットの記事にありました。その記事を読みます。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;"><span lang="EN-US">&#160;</span>タブレット学習が定着した今も、新春の書き初めは小学校の定番行事だ。ところがキーボードやスマホ入力が当たり前になった昨今は、漢字の書き順などを正しく書けない子どもが増えているという。かたや大人も手書きする機会は激減しており、いざペンで書こうとして、漢字が出てこない、脳が衰えているのでは、と焦った経験がある人は少なくないはずだ。手書きをしなくなったことで、人間はどう変わったのか。順天堂大学医学部の矢野裕一朗教授に話を聞いた。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin-left: 40px;">スマホや<span lang="EN-US">PC</span>の入力と手書き、脳に及ぼす影響は何が違うのか？<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;">　手書きではすべて書き写すのは不可能なので、脳が瞬時に情報を要約して優先順をつけ、自分の言葉で概念を再構築する必要に迫られます。結果、手書きした学生の方が記憶の定着率も理解度も圧倒的に高い。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;">　デジタルは情報の保存に長けているが、知識として定着させるにはアナログの方が効果が高いことが実証されている。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;">　昨今は板書を写真に撮る学生も増えていますが、記憶の定着という観点からはマイナスに働く可能性があります。これは単なる精神論ではなく、心理学で、写真撮影による記憶喪失効果として知られる現象です。データに保存したことで安心感を得てしまい、復習をしなくなってしまうわけです。大切なことは後から必ずノートに書き写すなど、アナログとデジタルの使い分けを提案したいところです。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;">　スマホが常に手元にある現代、写真を撮って覚えた気になってしまうという勘違い現象にドキッとした大人も多いのではないでしょうか。デジタルツールや<span lang="EN-US">AI</span>は、仕事や生活のあらゆる場面で切っても切り離せなくなっています。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;">　定型的な業務処理やミスのない遂行において、デジタルツールは最強のパフォーマンスを発揮します。とはいえ、デジタルの示す正解は、誰もが到達できるコモディティ化された正解に陥りがちであるという側面も否定できません。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;">　対して、アナログな個人的記憶や経験といった独自の文脈から引き出された言葉やアイデアには、他者には模倣できないオリジナリティ溢れる価値があります。処理速度を求めるならデジタル、独自の価値を創出するならアナログ。この使い分けこそが、ビジネスパーソンのパフォーマンスを最大化する鍵となるでしょう。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;">　子どもから大人まで、日々デジタルの恩恵にあずかる現代人。今は気にならなくとも、その影響が深刻化するのは近い将来かもしれません。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin-left: 40px;">脳科学には、使わなければ失われるという鉄則があり、神経回路のシナプス結合も使わなければどんどん弱まってしまいます。文章の作成を<span lang="EN-US">AI</span>に任せきりになったり、特に手書きという高度なマルチタスク（指先の操作<span lang="EN-US">+</span>記憶の検索<span lang="EN-US">+</span>言語構成）をやめてしまうことは、脳への血流と刺激を遮断することに等しく、脳の老化を加速させるリスク要因になります。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin-left: 40px;"><span lang="EN-US">AI</span>の弊害が表面化するのは<span lang="EN-US">5</span>～<span lang="EN-US">10</span>年後、老害が低年齢化すると予想される。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;">　さらに興味深いのが、スマホで文字入力している時と手書きで文字を書いている時の脳血流を比較測定した研究です。スマホ入力ではあまり働いていない脳の前頭前野が、手書きをしている時は活発に働き、血流量が増加していることが確認されました。思考やコミュニケーションを司る前頭前野は加齢とともに最も早く機能低下が始まりやすい部位であり、ここが衰えるとイライラしたり、怒りっぽくなったりと感情の抑制が効かなくなります。昨今ではいわゆる<span lang="EN-US">&#8220;</span>老害<span lang="EN-US">&#8221;</span>的な行動の原因が、加齢に伴う前頭前野の衰えと関連していることが知られています。この現状に対し、矢野教授は、ＡＩ等の進歩により数年後には自分で考えることをしなくなり脳の老化の低年齢化がクローズアップされるだろうと警鐘を鳴らしています。　※１　　</p>
<p class="MsoNormal" style="margin-left: 40px;"><span lang="EN-US">&#160;</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent:10.5pt;mso-char-indent-count:1.0">この記事を読んで、社会全体がデジタルや<span lang="EN-US">AI</span>に依存しすぎると全世代で感情の抑制が効かない人が増えるのでは不安になりました。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal">　最後に私ごとで恐縮ですが、今年１月２日に１４年間飼っていたポメラニアンが息を引き取りました。昨年の１２月中旬から元気がなくなり自力で食事が出来なくなったので冬休みには毎日動物病院に朝預けて、強制給餌をしてもらい夕方に迎えにいく日々が続きました。何とか年は越せたもののどんどん瘦せ細っていきました。１月２日朝預けて、夕方、思いついていつもより１時間位早く病院に迎えに行くと看護師さんが今日は比較的元気で何とか食事を食べられたので今連れてきますと言ってくれました。安心した直後、獣医さんが来て急に心臓が止まりかけていますと慌てています。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal">　急いで心臓マッサージをしてもらいましたが、乾電池が切れたように動きが止まり命が途絶えました。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal">　迎えに来るまで死ぬのを待っていてくれたのかも知れませんが、その日に限って１時間早く迎えにいったために最期を看取ることが出来ました。それが偶然ではなく神様が導いてくれた気がしてなりません。そして無事<span style="letter-spacing: 0.1em;">天国に着けるよう神様にお祈りをしました。</span></p>
<p class="MsoNormal">　<span lang="EN-US">AI</span>に相談することは出来ますが、本当の意味で寂しさや悲しさを癒したり、祈りを捧げることが出来るとは思えません。それは神様にしか出来ないような気がします。私自身<span lang="EN-US">AI</span>に依存しすぎないように関わっていきたいと思います。皆さんもスマホやＡＩとの関わり方について一度考えてみて下さい。</p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: right;">J.K.（数学科・情報科）</p>
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">&#160;</span>※１　山陽新聞<span lang="EN-US">web</span>記事（<span lang="EN-US">2026</span>年<span lang="EN-US">01</span>月<span lang="EN-US">16</span>日）<a href="https://www.sanyonews.jp/article/1858414?kw=4" style="background-color: rgb(255, 255, 255); letter-spacing: 0.1em;">https://www.sanyonews.jp/article/1858414?kw=4</a></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">&#160;</span></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">&#160;</span></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">&#160;</span></p>
<p></p>
<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US">&#160;</span></p>
</div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96077/">
<title>2025年12月10日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96077/</link>
<description>&#160;いよいよ、クリスマス・キャロルが来週となりました。今年は以前のキャロルのように、一般のお客様をお迎えして、イエスのご降誕という恵みの時を多くの皆さまとともにお迎えできますね。

クリスマス・キャロル週間を過ごす今週は、学校内でどこからともなく聞こえてくる皆さんの歌声に、イエス様ご降誕の喜びの日が近づいてきていることを感じずにはいられません。街はイルミネーションが光り、クリスマスソングやクリスマスツリーの飾りに溢れ、一層賑わいが増す時期になりましたが、静けさの中でクリスマス本来の意味を考え、本当に大切なものへと心を向ける待降節の期間を過ごすのが、聖心における伝統的なクリスマスまでの過ごし方です。

これまでの期間に、さまざまな形で聖心の生徒としてのプラクティスの過ごし方、心構えについて皆さんはお話を伺ってきましたね。プラクティスは、クリスマスへの大切な心の準備期間でもあります。待降節にあたり、聖心の創立者である聖マグダレナ・ソフィア・バラの教えをもう一度辿り、心静かにこの時を過ごせる　ように考えてみましょう。
聖マグダレナ・ソフィア・バラは、静けさを大切になさっていました。「神の望みにまかせること、それこそ平和をみつける唯一の道です」というマザー・バラの言葉に象徴されるように、祈りながら忍耐強く神のなさることを待ち、彼女は優しさと思いやりを持って神のなさることに自分を捧げました。日々の生活の中に、沈黙や静けさをつくることで、心に空間ができる、つまり神様を迎えるスペースをつくることができるということを彼女の生き方は教えてくださいます。私たちは、時に慌ただしく、目の前のことに翻弄されて過ごしていると、自分の中にある大切なものにさえ気づくことが出来なくなる時があります。各クラスで決めたプラクティスの意味や、あなた自身のプラクティスの過ごし方を今一度、自分の心の深い部分で見直してみることも必要かもしれません。そうすることで、より心を落ち着けて、クリスマスを迎えることができるようになると思います。

さて、今年のクリスマス・キャロルのテーマ「Luminous (ルミナス)」は、柔らかく明るい光、輝くという意味を持つ言葉です。カトリック教会において、「希望」をテーマとした聖年の年に当たる今年２０２５年に、この希望を象徴する「光」Luminous（ルミナス）には、イエス様のご降誕をお祝いする喜びを一層輝かせたい、そんな願いが込められています。
イエス様の誕生を表すベツレヘムの星が夜空に美しく輝き、羊飼いや３人の賢者が導かれたように、クリスマス・キャロルの一つの象徴として、この光はとても大切で深い意味を持ちます。
２０００年前に、政治的に不安定で経済的な格差も激しかったユダヤ社会の貧しい人々にとって、イエス様は希望の光でした。それから長い時を経た今の時代において、私たちは未だ様々な問題を抱えています。
パレスチナやウクライナなどでは紛争が続き、また世界中で格差や貧富の問題があります。ナイジェリアのパピリでは学校が襲撃され、今も多くの子どもや大人たちがさらわれ行方不明の状態にあり、ご家族は深い恐怖と不安の中で過ごされています。日本に住む私たちは、本当に恵まれた毎日を過ごせているのです。

聖マグダレナ・ソフィア・バラが礎を築いた聖心は、世界中に広がっています。この時期、皆さんだけでなく、世界中の聖心の生徒たちは、心を一つにして祈り、歌い、イエス様のご降誕を待ち望んでいます。イエス様の存在が、世の暗闇を照らす消えない光であることを伝え、そのご降誕の喜びを分かち合う、世界中の人々が光を信じ、希望を持ち生きることの大切さを知る、今年のテーマであるLuminous（ルミナス）という言葉を心の深いところで皆が考えることが大きな意味を持ちます。
私たちが、今の自分の平和な生活に感謝し、この光を信じ、祈りの気持ちを伝えられるクリスマス・キャロルにしていきましょう。そのために、皆で平和を願いながら、共に歌い、誰かの希望となることが出来ますように。クリスマス・キャロルまでの日々を大切に過ごして行きましょう。

A.T.（図書館）</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2025-12-10T13:45:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin176655164106334800" class="cms-content-parts-sin176655164106342500"><p>&#160;いよいよ、クリスマス・キャロルが来週となりました。今年は以前のキャロルのように、一般のお客様をお迎えして、イエスのご降誕という恵みの時を多くの皆さまとともにお迎えできますね。</p>
<div></div>
<div>クリスマス・キャロル週間を過ごす今週は、学校内でどこからともなく聞こえてくる皆さんの歌声に、イエス様ご降誕の喜びの日が近づいてきていることを感じずにはいられません。街はイルミネーションが光り、クリスマスソングやクリスマスツリーの飾りに溢れ、一層賑わいが増す時期になりましたが、静けさの中でクリスマス本来の意味を考え、本当に大切なものへと心を向ける待降節の期間を過ごすのが、聖心における伝統的なクリスマスまでの過ごし方です。</div>
<div></div>
<div>これまでの期間に、さまざまな形で聖心の生徒としてのプラクティスの過ごし方、心構えについて皆さんはお話を伺ってきましたね。プラクティスは、クリスマスへの大切な心の準備期間でもあります。待降節にあたり、聖心の創立者である聖マグダレナ・ソフィア・バラの教えをもう一度辿り、心静かにこの時を過ごせる　ように考えてみましょう。</div>
<div>聖マグダレナ・ソフィア・バラは、静けさを大切になさっていました。「神の望みにまかせること、それこそ平和をみつける唯一の道です」というマザー・バラの言葉に象徴されるように、祈りながら忍耐強く神のなさることを待ち、彼女は優しさと思いやりを持って神のなさることに自分を捧げました。日々の生活の中に、沈黙や静けさをつくることで、心に空間ができる、つまり神様を迎えるスペースをつくることができるということを彼女の生き方は教えてくださいます。私たちは、時に慌ただしく、目の前のことに翻弄されて過ごしていると、自分の中にある大切なものにさえ気づくことが出来なくなる時があります。各クラスで決めたプラクティスの意味や、あなた自身のプラクティスの過ごし方を今一度、自分の心の深い部分で見直してみることも必要かもしれません。そうすることで、より心を落ち着けて、クリスマスを迎えることができるようになると思います。</div>
<div></div>
<div>さて、今年のクリスマス・キャロルのテーマ「Luminous (ルミナス)」は、柔らかく明るい光、輝くという意味を持つ言葉です。カトリック教会において、「希望」をテーマとした聖年の年に当たる今年２０２５年に、この希望を象徴する「光」Luminous（ルミナス）には、イエス様のご降誕をお祝いする喜びを一層輝かせたい、そんな願いが込められています。</div>
<div>イエス様の誕生を表すベツレヘムの星が夜空に美しく輝き、羊飼いや３人の賢者が導かれたように、クリスマス・キャロルの一つの象徴として、この光はとても大切で深い意味を持ちます。</div>
<div>２０００年前に、政治的に不安定で経済的な格差も激しかったユダヤ社会の貧しい人々にとって、イエス様は希望の光でした。それから長い時を経た今の時代において、私たちは未だ様々な問題を抱えています。</div>
<div>パレスチナやウクライナなどでは紛争が続き、また世界中で格差や貧富の問題があります。ナイジェリアのパピリでは学校が襲撃され、今も多くの子どもや大人たちがさらわれ行方不明の状態にあり、ご家族は深い恐怖と不安の中で過ごされています。日本に住む私たちは、本当に恵まれた毎日を過ごせているのです。</div>
<div></div>
<div>聖マグダレナ・ソフィア・バラが礎を築いた聖心は、世界中に広がっています。この時期、皆さんだけでなく、世界中の聖心の生徒たちは、心を一つにして祈り、歌い、イエス様のご降誕を待ち望んでいます。イエス様の存在が、世の暗闇を照らす消えない光であることを伝え、そのご降誕の喜びを分かち合う、世界中の人々が光を信じ、希望を持ち生きることの大切さを知る、今年のテーマであるLuminous（ルミナス）という言葉を心の深いところで皆が考えることが大きな意味を持ちます。</div>
<div>私たちが、今の自分の平和な生活に感謝し、この光を信じ、祈りの気持ちを伝えられるクリスマス・キャロルにしていきましょう。そのために、皆で平和を願いながら、共に歌い、誰かの希望となることが出来ますように。クリスマス・キャロルまでの日々を大切に過ごして行きましょう。</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">A.T.（図書館）</div></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96066/">
<title>2025年11月26日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96066/</link>
<description>&#160;最近、「失敗した」と感じた経験をした人はいるでしょうか。
なぜ私がこんな質問をしたかというと、あと1ヶ月で終わる2025年を振り返ったとき、私にとってこの1年は失敗が多かったように感じたからです。慌ただしい日々の中で、大事なことをうっかり忘れてしまったり、前もって気付けるはずのことを見落としてしまったり&#8230;。
「もっと早く気づけたら&#8230;。」「どうしてあの時、ちゃんとやっておかなかったんだろう。」
思わず笑ってしまうような小さな失敗から、誰かを傷つけてしまうような大きな失敗まで、その種類や大きさ・度合いはさまざまですが、きっと誰にでも「やってしまった&#8230;。」という瞬間があるのではないでしょうか。
例えば、ルールを破ってしまったこと。マナーを守れず、周囲に迷惑をかけてしまったこと。「今日こそ、テスト勉強しよう！」と思っていたのに、つい他のことに気を取られて、計画通りに進められなかったこと。慣れ親しんだ友人との会話で、「これくらい大丈夫だろう。」と思って言った一言が、相手を深く傷つけてしまったこと。
こうした日常の出来事も、1つの「失敗」だと言えるかもしれません。
できれば失敗は避けたいものです。失敗しないに越したことはありませんし、もちろん、そうならないように十分注意を払い、最善を尽くすことは大切です。しかし、どんなに気をつけていても、ふとした瞬間に失敗は起こります。中には、悪いと分かっていても、その場の勢いや流れで行動してしまうこともあるかもしれません。また、自分では正しいと思ってやったことが、結果的に失敗を招いてしまうこともあるかもしれません。
失敗の形や理由は、本当にさまざまです。
そのせいなのか、私たちは失敗に直面したとき、つい何かのせいにしたくなってしまうことがあるように思います。
「あの人がこう言ったから。」「あの時、こうしてくれなかったから。」「環境が悪かったから。」他の誰かや、状況のせいにすると、一時的に自分の心が軽くなるような気がするかもしれません。でもそれでは、失敗はただの「出来事」で終わってしまいます。残念ながら、起きてしまった過去や事実は変えられません。大切なのは、その経験と向き合うことです。そして、そこから何か大切なことに気づき、これからの考え方や行動を少しずつ変えていくことです。
「なぜ、そうなってしまったのか。」「同じことを繰り返さないためには、どうしたらいいか。」ちょっと視点を変えて考えてみると、失敗は自分を成長させる材料になります。
不二聖心で、とても大切にしている「振り返り」。みなさんもさまざまな場面で取り組んでいると思います。良いことも、悪いことも、成長の糧。みなさん、一人ひとりの強みにしてほしいと願っています。

ここで、私が大切にしている、マザー・テレサの言葉を紹介します。
「小さなことに忠実でいなさい。そこにあなたの強さが宿るのですから。」
高校１年生の方の中には、この言葉を覚えてくれている方もいるかもしれません。
派手なことをする必要はありません。むしろ、毎日の中で誰にも気づかれないような小さな誠実さこそが重要です。大切なのは、どれだけ多くのことをしたかではなく、どれだけ心を込めたか。マザー・テレサはそう語っています。
では、「小さなことに忠実でいること」とは、具体的にどんなことでしょうか。
私たち人間は、1日におよそ3万5千回もの決断をしていると言われています。その一つひとつの小さな行動や態度が積み重なって、自分自身や周りに、少しずつ影響を与えます。時には、選択の多さに疲れてしまうこともあるかもしれません。でも、日々の小さな誠実さを意識し、実践していくことが、私たちを内側から強くしてくれるのです。

　さて、明日からはプラクティスが始まります。プラクティスは、イエスさまを静かにお迎えする心の準備をする期間です。クリスマスというと、街ではイルミネーションが光り、にぎやかな雰囲気に包まれますが、本来の待降節は、静かに心を落ち着かせ、日々を丁寧に過ごす時間です。
みなさんはこの1年を振り返って、どんな小さな誠実さを積み重ねてきたでしょうか。どんな失敗をして、その中から何を学んだでしょうか。少し立ち止まって、自分自身を振り返ってみましょう。
そして、昨日より今日を、少しだけ優しく過ごす。昨日よりちょっとだけ、誠実に過ごす。その小さな積み重ねが、クリスマスを迎える心を整えてくれます。
今年のプラクティスがみなさんにとって、自分を見つめ、優しさと誠実さを積み重ねる時間になりますように。それが、みなさんを静かに、確かに強くしてくれるはずです。

今日も1日、良い日になりますように。

H.S.（芸術科）
</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2025-11-26T22:35:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin176416527557677400" class="cms-content-parts-sin176416527557684500"><p>&#160;最近、「失敗した」と感じた経験をした人はいるでしょうか。</p>
<div>なぜ私がこんな質問をしたかというと、あと1ヶ月で終わる2025年を振り返ったとき、私にとってこの1年は失敗が多かったように感じたからです。慌ただしい日々の中で、大事なことをうっかり忘れてしまったり、前もって気付けるはずのことを見落としてしまったり&#8230;。</div>
<div>「もっと早く気づけたら&#8230;。」「どうしてあの時、ちゃんとやっておかなかったんだろう。」</div>
<div>思わず笑ってしまうような小さな失敗から、誰かを傷つけてしまうような大きな失敗まで、その種類や大きさ・度合いはさまざまですが、きっと誰にでも「やってしまった&#8230;。」という瞬間があるのではないでしょうか。</div>
<div>例えば、ルールを破ってしまったこと。マナーを守れず、周囲に迷惑をかけてしまったこと。「今日こそ、テスト勉強しよう！」と思っていたのに、つい他のことに気を取られて、計画通りに進められなかったこと。慣れ親しんだ友人との会話で、「これくらい大丈夫だろう。」と思って言った一言が、相手を深く傷つけてしまったこと。</div>
<div>こうした日常の出来事も、1つの「失敗」だと言えるかもしれません。</div>
<div>できれば失敗は避けたいものです。失敗しないに越したことはありませんし、もちろん、そうならないように十分注意を払い、最善を尽くすことは大切です。しかし、どんなに気をつけていても、ふとした瞬間に失敗は起こります。中には、悪いと分かっていても、その場の勢いや流れで行動してしまうこともあるかもしれません。また、自分では正しいと思ってやったことが、結果的に失敗を招いてしまうこともあるかもしれません。</div>
<div>失敗の形や理由は、本当にさまざまです。</div>
<div>そのせいなのか、私たちは失敗に直面したとき、つい何かのせいにしたくなってしまうことがあるように思います。</div>
<div>「あの人がこう言ったから。」「あの時、こうしてくれなかったから。」「環境が悪かったから。」他の誰かや、状況のせいにすると、一時的に自分の心が軽くなるような気がするかもしれません。でもそれでは、失敗はただの「出来事」で終わってしまいます。残念ながら、起きてしまった過去や事実は変えられません。大切なのは、その経験と向き合うことです。そして、そこから何か大切なことに気づき、これからの考え方や行動を少しずつ変えていくことです。</div>
<div>「なぜ、そうなってしまったのか。」「同じことを繰り返さないためには、どうしたらいいか。」ちょっと視点を変えて考えてみると、失敗は自分を成長させる材料になります。</div>
<div>不二聖心で、とても大切にしている「振り返り」。みなさんもさまざまな場面で取り組んでいると思います。良いことも、悪いことも、成長の糧。みなさん、一人ひとりの強みにしてほしいと願っています。</div>
<div></div>
<div>ここで、私が大切にしている、マザー・テレサの言葉を紹介します。</div>
<div>「小さなことに忠実でいなさい。そこにあなたの強さが宿るのですから。」</div>
<div>高校１年生の方の中には、この言葉を覚えてくれている方もいるかもしれません。</div>
<div>派手なことをする必要はありません。むしろ、毎日の中で誰にも気づかれないような小さな誠実さこそが重要です。大切なのは、どれだけ多くのことをしたかではなく、どれだけ心を込めたか。マザー・テレサはそう語っています。</div>
<div>では、「小さなことに忠実でいること」とは、具体的にどんなことでしょうか。</div>
<div>私たち人間は、1日におよそ3万5千回もの決断をしていると言われています。その一つひとつの小さな行動や態度が積み重なって、自分自身や周りに、少しずつ影響を与えます。時には、選択の多さに疲れてしまうこともあるかもしれません。でも、日々の小さな誠実さを意識し、実践していくことが、私たちを内側から強くしてくれるのです。</div>
<div></div>
<div>　さて、明日からはプラクティスが始まります。プラクティスは、イエスさまを静かにお迎えする心の準備をする期間です。クリスマスというと、街ではイルミネーションが光り、にぎやかな雰囲気に包まれますが、本来の待降節は、静かに心を落ち着かせ、日々を丁寧に過ごす時間です。</div>
<div>みなさんはこの1年を振り返って、どんな小さな誠実さを積み重ねてきたでしょうか。どんな失敗をして、その中から何を学んだでしょうか。少し立ち止まって、自分自身を振り返ってみましょう。</div>
<div>そして、昨日より今日を、少しだけ優しく過ごす。昨日よりちょっとだけ、誠実に過ごす。その小さな積み重ねが、クリスマスを迎える心を整えてくれます。</div>
<div>今年のプラクティスがみなさんにとって、自分を見つめ、優しさと誠実さを積み重ねる時間になりますように。それが、みなさんを静かに、確かに強くしてくれるはずです。</div>
<div></div>
<div>今日も1日、良い日になりますように。</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">H.S.（芸術科）</div>
<div></div></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96065/">
<title>2025年11月12日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96065/</link>
<description>
　昨日の追悼ミサでは、静かで温かな雰囲気の中、全校で亡くなった方のためにお祈りを捧げ、大切な時間を過ごすことができました。
　この時期を迎えると思い出すことがあります。6年ほど前、私はある生徒の進路指導を担当していました。その生徒は看護師を目指していて、私たちは志望理由書の作成や面接試験に向けて対話を重ねていました。ある日、その生徒から「先生は身近な人を亡くしたことがありますか」と聞かれました。「ある」と答えると、その時どんな気持ちだったか、どうやって身近な人の死を乗り越えたのかを聞きたいと言われました。彼女は今まで身近な人の死を経験したことがなく、看護師という人の生死に関わる道を志すなか、人の死とどう向き合うのかということについて不安に感じていたそうです。彼女が勇気を出してその問いを考えようとしていること、真剣に向き合おうとしていることが伝わってきたので、私はうまく答えられなくても、本当に心で感じたことを伝えて一緒に考えたいと思いました。そこで4歳から17歳まで一緒に暮らしていた私の祖母のことを話しました。
子どもの頃の私はおばあちゃん子で、家に帰ってくると祖母の部屋に行き、一緒にお茶を飲みながらお話して過ごしました。生活の基本的なことの多くは祖母から教わりました。私が中学・高校に上がる頃には、祖母は体調を崩して入退院を繰返すようになり、私も部活や塾などで一緒に過ごす時間は少なくなっていきました。高２の終わりごろに祖母を亡くしたとき、私はもっと祖母のお見舞いに行っていればよかった、介護ももっと手伝えば良かった、あんなにかわいがってもらったのに、おばあちゃん孝行できなかったと後悔しました。母にそのことを話したら「おばあちゃんの人生は苦労が多かったけれど、孫と過ごした時間が人生で一番幸せだった。生まれてきてくれたことがおばあちゃん孝行だった。だから何も心配しなくていい。」と言葉をかけてもらい、少しずつ祖母の死から立ち直ることができました。
その生徒との対話を通じて、祖母の死について改めて向き合うことができた後、ちょうど昨日のように追悼ミサに与る機会がありました。そのごミサの中で、神父様が「私たちは亡くなった人のためにお祈りをするけれど、亡くなった人もまた私たちのために祈ってくれている」とお話し下さり、それを聞いてはっとさせられました。わたしは今まで、自分の進路や人間関係、仕事のことなどで思い悩んだときに、祖母の部屋で過ごした時を思い出すことがありました。以前それは、自分の心が弱っていて、幼い時のことを思い出して安心したいからだと思っていました。でもその時から、「今、祖母が私のためにお祈りしてくれている」と感じるようになりました。「亡くなった人はいつでも見守っていてくれる、お祈りしてくれている」という言葉は以前にも聞いたことがあり、信じていたつもりではありましたが、まだ実感を伴っていませんでした。そのときから「単なる聞いたことある話」ではなく私にとって「真実」になりました。そして大切なことに気づく機会をくれたあの生徒にも、また一つ発見があったと早く伝えなければと思いました。
私と話したことで彼女が何を感じたのか、何か得るものがあったのかは分かりません。問いの答えは彼女が自分の人生の中で見つけていくものだと思います。これからも日々の生活の中で頭を悩ませる難問に出会い、今信じているものが明日は信じられなくなることもあるかもしれません。それでも一つひとつのことに真摯に向きあうことで、素晴らしい気づきや出会いもまたあるのだと信じて歩んで行きたいと思います。以上で宗教朝礼を終わります。
M.O.（社会科）
</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2025-11-12T21:55:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin176416199629618000" class="cms-content-parts-sin176416199629626100">
<p>　昨日の追悼ミサでは、静かで温かな雰囲気の中、全校で亡くなった方のためにお祈りを捧げ、大切な時間を過ごすことができました。</p>
<p>　この時期を迎えると思い出すことがあります。6年ほど前、私はある生徒の進路指導を担当していました。その生徒は看護師を目指していて、私たちは志望理由書の作成や面接試験に向けて対話を重ねていました。ある日、その生徒から「先生は身近な人を亡くしたことがありますか」と聞かれました。「ある」と答えると、その時どんな気持ちだったか、どうやって身近な人の死を乗り越えたのかを聞きたいと言われました。彼女は今まで身近な人の死を経験したことがなく、看護師という人の生死に関わる道を志すなか、人の死とどう向き合うのかということについて不安に感じていたそうです。彼女が勇気を出してその問いを考えようとしていること、真剣に向き合おうとしていることが伝わってきたので、私はうまく答えられなくても、本当に心で感じたことを伝えて一緒に考えたいと思いました。そこで4歳から17歳まで一緒に暮らしていた私の祖母のことを話しました。</p>
<p>子どもの頃の私はおばあちゃん子で、家に帰ってくると祖母の部屋に行き、一緒にお茶を飲みながらお話して過ごしました。生活の基本的なことの多くは祖母から教わりました。私が中学・高校に上がる頃には、祖母は体調を崩して入退院を繰返すようになり、私も部活や塾などで一緒に過ごす時間は少なくなっていきました。高２の終わりごろに祖母を亡くしたとき、私はもっと祖母のお見舞いに行っていればよかった、介護ももっと手伝えば良かった、あんなにかわいがってもらったのに、おばあちゃん孝行できなかったと後悔しました。母にそのことを話したら「おばあちゃんの人生は苦労が多かったけれど、孫と過ごした時間が人生で一番幸せだった。生まれてきてくれたことがおばあちゃん孝行だった。だから何も心配しなくていい。」と言葉をかけてもらい、少しずつ祖母の死から立ち直ることができました。</p>
<p>その生徒との対話を通じて、祖母の死について改めて向き合うことができた後、ちょうど昨日のように追悼ミサに与る機会がありました。そのごミサの中で、神父様が「私たちは亡くなった人のためにお祈りをするけれど、亡くなった人もまた私たちのために祈ってくれている」とお話し下さり、それを聞いてはっとさせられました。わたしは今まで、自分の進路や人間関係、仕事のことなどで思い悩んだときに、祖母の部屋で過ごした時を思い出すことがありました。以前それは、自分の心が弱っていて、幼い時のことを思い出して安心したいからだと思っていました。でもその時から、「今、祖母が私のためにお祈りしてくれている」と感じるようになりました。「亡くなった人はいつでも見守っていてくれる、お祈りしてくれている」という言葉は以前にも聞いたことがあり、信じていたつもりではありましたが、まだ実感を伴っていませんでした。そのときから「単なる聞いたことある話」ではなく私にとって「真実」になりました。そして大切なことに気づく機会をくれたあの生徒にも、また一つ発見があったと早く伝えなければと思いました。</p>
<p>私と話したことで彼女が何を感じたのか、何か得るものがあったのかは分かりません。問いの答えは彼女が自分の人生の中で見つけていくものだと思います。これからも日々の生活の中で頭を悩ませる難問に出会い、今信じているものが明日は信じられなくなることもあるかもしれません。それでも一つひとつのことに真摯に向きあうことで、素晴らしい気づきや出会いもまたあるのだと信じて歩んで行きたいと思います。以上で宗教朝礼を終わります。</p>
<div style="text-align: right;">M.O.（社会科）</div>
</div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96058/">
<title>2025年11月5日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96058/</link>
<description>&#160;先日の秋のつどいでは、多くの人に充実したひとときを与えてくださり、ありがとうございます。発表系クラブの仲間と目を合わせる姿や、呼吸がそろった時の一体感。運動系クラブの出し物で、丁寧に対応しながらたくさんの笑顔を生み出していた姿。そして、これまでの準備の過程が伝わってくる、工夫を凝らした展示など、それらすべてにおいて、ただ見せるだけでなく、何かを伝えようとする皆さんの思いが感じられ、深く感動しました。皆さんの姿から、気づかされ、学ばされることが多くあるのだと、改めて実感した一日でした。今回のように皆さんの内面性が、見事に発揮されたこの夏の出来事を今日は分かち合いたいと思います。 　日本の最高峰である富士山に見守られ、私たちは生活しています。富士山を見て嬉しくなったり、心がほっとしたり・・、知らず知らずのうちに富士山の存在が私たちの心の拠り所になっています。この環境で過ごせることは、本当に贅沢で、恵まれていることだと感じます。不二聖心では3年に1度、高校生対象に富士登山が行われています。コロナの影響で中断していましたが、この夏、2018年度以来、7年ぶりに富士登山を実施することができ、私も引率として登ってきました。普段は優しく私たちを見守り、美しい姿の富士山ですが、登山となるとその印象は一変し、自分との戦いが始まります。ひたすら続く登り坂、だんだん空気も薄くなり、人によっては高山病で頭痛や吐き気も出てきます。さらに、山の上ではすべてのものが貴重で、水さえ自由には使えません。手を洗うことも、水道から水を飲むこともできません。トイレも少なく、有料で、水洗式ではありません。数少ない山小屋の売店では500mLの水が５００円前後するほど何もかも高いのです。山頂でご来光を見るために、私たちは８合目の山小屋で夕食と仮眠をとりました。夕食のカレーは、量は多くなく、お茶もコップ半分ほど。当然おかわりはありません。一口一口を心からありがたくいただき、今まで食べたカレーの中で一番おいしいね！と皆で話しながらいただきました。もちろんシャワーはありません。登山で汚れた服装のまま、硬い木の棚のような場所で生徒も教員も一緒に横になります。気温は、７℃程でとても寒かったです。でも、暖房はなく、あるのは寝袋1枚。疲れているのにぐっすり寝ることはできないし、電気もほんの小さな豆電球のみ。まるで、何十年も前の生活のようでした。でも、不二聖心の生徒から不満やわがままを言う声はまったく聞こえてきませんでした。 　この苦しく不自由な環境こそが、私たちに大切な気付きを与えてくれました。まず、「当たり前」がいかにありがたいか、ということです。水、トイレ、布団、屋根など、日本に住む私たちにとって当たり前にあるものは、生きていくために必要で、大切に使わせてもらわなければいけないということに改めて気づかされました。また、過酷な環境のなか、「大丈夫？」という友達の声掛けや、すれ違う人の「あと少しだよ、頑張れ」という挨拶。その何気ない一言が、本当に支えになりました。皆で歯を食いしばり、励ましあいながら、登る先には、刻々と変わる景色が待っていました。澄み切った空気、手が届きそうなほどの星の美しさ、太陽の光の温かさ、そして空の青さ。普段は当たり前すぎて、何も感じないことが、苦しさを乗り越えた先だからこそ味わえる、最高の景色と達成感になりました。 　不二聖心の生徒たちは、苦しい中でも誰一人として弱音を吐きませんでした。それどころか、学年を超えて互いに声を掛け合い、体調を気遣う配慮がありました。寒そうにしている子に自分の上着を差し出す生徒。苦しそうにする子に携帯酸素を差し出す生徒。足取りが重い子の荷物を持ってあげる生徒。あちらこちらで「ありがとう」という言葉も聞こえました。 マルコによる福音書やルカによる福音書に「やもめの献金」のお話が記されています。イエスは、金持ちたちが献金をするのに対し、貧しいやもめが、なけなしのお金であるレプトン銅貨二枚を捧げた姿を見て、こう言われました。 　　「この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は、有り余る中から入れたが、 　　　この人は、乏しい中から、自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」 　　　　　　　　　　　　　　　　　　（マルコによる福音書12章41～44節、ルカによる福音書21章1～4節） &#160; 自分が豊かなときや余裕があるときに人に「どうぞ」と気遣うこと。それは素晴らしいことです。しかし、自分自身も同じように苦しく、乏しいなかで相手を思いやり、「どうぞ」と差し出せること。これこそが本当に尊い行いだと思います。不二聖心の生徒は、日頃からありがたさを感じられる心を持っています。だからこそ、極限の状況でも、自然と他者を思いやる気遣いができたのだと感じます。生徒たちが見せてくれた姿は、イエスが最も尊いと称賛したやもめの姿と重なるものでした。 &#160; 便利なもので溢れている現代に、私たちは生きています。この富士山の環境も、今の時代、もっと便利にしようと思えばできるのかもしれません。でも、私は富士山はこのままがいいと強く思います。昔からこの形が守られ続けてきたことには意味があり、この環境こそが、私たちを大きく成長させてくれるのです。苦しさがあるからこそ、本当の成長があり、自分の欲を抑え、我慢することの大切さを、富士山は改めて教えてくれました。これは、私たちが日頃大切にしているWorld Smiles Lunchや、12月から始まるプラクティス、クリスマスチャリティセールの精神にも通じます。単に寄付をするだけでなく、少し我慢し、その思いを他者と共にする。そして、相手を笑顔にする。これこそが聖心の生徒のあるべき姿です。 　引率として、富士登山の危険性も十分に感じていましたし、久しぶりの実施ということもあり、不安な気持ちも大きかったのも事実です。だからこそ、生徒の姿、行いに本当に力をもらいましたし、心から感動しました。今回のメンバーが特別ではなく、「不二聖心の生徒たちなら、誰を連れて行っても、このように行動できる」と自信をもって言えます。雄大な富士山に見守られながら、皆さんがこれほど豊かに育ってくれていること、そのような教育に携わることができていることを、心から嬉しく、そして誇りに思っています。 Y.O.（保健体育科） </description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2025-11-05T14:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin176231942305517100" class="cms-content-parts-sin176231942305525100"><p>&#160;先日の秋のつどいでは、多くの人に充実したひとときを与えてくださり、ありがとうございます。発表系クラブの仲間と目を合わせる姿や、呼吸がそろった時の一体感。運動系クラブの出し物で、丁寧に対応しながらたくさんの笑顔を生み出していた姿。そして、これまでの準備の過程が伝わってくる、工夫を凝らした展示など、それらすべてにおいて、ただ見せるだけでなく、何かを伝えようとする皆さんの思いが感じられ、深く感動しました。皆さんの姿から、気づかされ、学ばされることが多くあるのだと、改めて実感した一日でした。今回のように皆さんの内面性が、見事に発揮されたこの夏の出来事を今日は分かち合いたいと思います。</p> <div>　日本の最高峰である富士山に見守られ、私たちは生活しています。富士山を見て嬉しくなったり、心がほっとしたり・・、知らず知らずのうちに富士山の存在が私たちの心の拠り所になっています。この環境で過ごせることは、本当に贅沢で、恵まれていることだと感じます。不二聖心では3年に1度、高校生対象に富士登山が行われています。コロナの影響で中断していましたが、この夏、2018年度以来、7年ぶりに富士登山を実施することができ、私も引率として登ってきました。普段は優しく私たちを見守り、美しい姿の富士山ですが、登山となるとその印象は一変し、自分との戦いが始まります。ひたすら続く登り坂、だんだん空気も薄くなり、人によっては高山病で頭痛や吐き気も出てきます。さらに、山の上ではすべてのものが貴重で、水さえ自由には使えません。手を洗うことも、水道から水を飲むこともできません。トイレも少なく、有料で、水洗式ではありません。数少ない山小屋の売店では500mLの水が５００円前後するほど何もかも高いのです。山頂でご来光を見るために、私たちは８合目の山小屋で夕食と仮眠をとりました。夕食のカレーは、量は多くなく、お茶もコップ半分ほど。当然おかわりはありません。一口一口を心からありがたくいただき、今まで食べたカレーの中で一番おいしいね！と皆で話しながらいただきました。もちろんシャワーはありません。登山で汚れた服装のまま、硬い木の棚のような場所で生徒も教員も一緒に横になります。気温は、７℃程でとても寒かったです。でも、暖房はなく、あるのは寝袋1枚。疲れているのにぐっすり寝ることはできないし、電気もほんの小さな豆電球のみ。まるで、何十年も前の生活のようでした。でも、不二聖心の生徒から不満やわがままを言う声はまったく聞こえてきませんでした。</div> <div>　この苦しく不自由な環境こそが、私たちに大切な気付きを与えてくれました。まず、「当たり前」がいかにありがたいか、ということです。水、トイレ、布団、屋根など、日本に住む私たちにとって当たり前にあるものは、生きていくために必要で、大切に使わせてもらわなければいけないということに改めて気づかされました。また、過酷な環境のなか、「大丈夫？」という友達の声掛けや、すれ違う人の「あと少しだよ、頑張れ」という挨拶。その何気ない一言が、本当に支えになりました。皆で歯を食いしばり、励ましあいながら、登る先には、刻々と変わる景色が待っていました。澄み切った空気、手が届きそうなほどの星の美しさ、太陽の光の温かさ、そして空の青さ。普段は当たり前すぎて、何も感じないことが、苦しさを乗り越えた先だからこそ味わえる、最高の景色と達成感になりました。</div> <div>　不二聖心の生徒たちは、苦しい中でも誰一人として弱音を吐きませんでした。それどころか、学年を超えて互いに声を掛け合い、体調を気遣う配慮がありました。寒そうにしている子に自分の上着を差し出す生徒。苦しそうにする子に携帯酸素を差し出す生徒。足取りが重い子の荷物を持ってあげる生徒。あちらこちらで「ありがとう」という言葉も聞こえました。</div> <div>マルコによる福音書やルカによる福音書に「やもめの献金」のお話が記されています。イエスは、金持ちたちが献金をするのに対し、貧しいやもめが、なけなしのお金であるレプトン銅貨二枚を捧げた姿を見て、こう言われました。</div><div></div> <div>　　「この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は、有り余る中から入れたが、</div> <div>　　　この人は、乏しい中から、自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」</div> <div>　　　　　　　　　　　　　　　　　　（マルコによる福音書12章41～44節、ルカによる福音書21章1～4節）</div> <div>&#160; 自分が豊かなときや余裕があるときに人に「どうぞ」と気遣うこと。それは素晴らしいことです。しかし、自分自身も同じように苦しく、乏しいなかで相手を思いやり、「どうぞ」と差し出せること。これこそが本当に尊い行いだと思います。不二聖心の生徒は、日頃からありがたさを感じられる心を持っています。だからこそ、極限の状況でも、自然と他者を思いやる気遣いができたのだと感じます。生徒たちが見せてくれた姿は、イエスが最も尊いと称賛したやもめの姿と重なるものでした。</div> <div>&#160; 便利なもので溢れている現代に、私たちは生きています。この富士山の環境も、今の時代、もっと便利にしようと思えばできるのかもしれません。でも、私は富士山はこのままがいいと強く思います。昔からこの形が守られ続けてきたことには意味があり、この環境こそが、私たちを大きく成長させてくれるのです。苦しさがあるからこそ、本当の成長があり、自分の欲を抑え、我慢することの大切さを、富士山は改めて教えてくれました。これは、私たちが日頃大切にしているWorld Smiles Lunchや、12月から始まるプラクティス、クリスマスチャリティセールの精神にも通じます。単に寄付をするだけでなく、少し我慢し、その思いを他者と共にする。そして、相手を笑顔にする。これこそが聖心の生徒のあるべき姿です。</div> <div>　引率として、富士登山の危険性も十分に感じていましたし、久しぶりの実施ということもあり、不安な気持ちも大きかったのも事実です。だからこそ、生徒の姿、行いに本当に力をもらいましたし、心から感動しました。今回のメンバーが特別ではなく、「不二聖心の生徒たちなら、誰を連れて行っても、このように行動できる」と自信をもって言えます。雄大な富士山に見守られながら、皆さんがこれほど豊かに育ってくれていること、そのような教育に携わることができていることを、心から嬉しく、そして誇りに思っています。</div> <div></div> <div style="text-align: right;">Y.O.（保健体育科）</div> <div style="text-align: right;"></div></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96057/">
<title>2025年10月29日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96057/</link>
<description>&#160;これから宗教朝礼を始めます
　今週はいよいよ秋のつどいがありますね。発表系クラブの皆さんは夏休みくらいから、もしかするともっと前から準備を始め、その練習の成果をたくさんの人にお見せする日になります。秋のつどい委員の方々もテーマやプログラムの作成など、かなり前から動き、毎日のように遅くまで頑張っています。先週の準備日には、生活向上委員の方から、お客様をおもてなしする心や姿勢などについてもお話があり、スムーズにそして来校されるお客様に対して気持ちよく過ごしていただけるようにと、考えてくださっているのを感じました。本当にたくさんの人たちがどうしたら、よりいいものにすることができるかを想像し、努力した成果が現れる日になります。
　ところで皆さんは何か新しいことを始めるときに、どうしたらいいのか、何から始めたらいいのかと分からなくて悩んだ経験はないでしょうか。きっと、考えても分からなくて疲れてしまい、チャレンジすることをあきらめてしまったという人もいるのではないかと思います。私自身も、そんなことはたくさんあります。でももし、皆さんの周りに、聞ける人がいたらどうでしょう。秋のつどいも、４月に全く分からずに秋のつどい委員になったという方がいたかもしれません。しかし、担当の先生方や上級生がいらっしゃるので、安心してすぐに一員として仕事ができ、今に至っているのではないでしょうか。これは、秋のつどいだけではありません。何をするにしても経験してきた人が周りにいた場合、不安な気持ちがあったとしても、安心して参加し、たくさんのことにチャレンジできる機会を失うということがなくなります。
　このことは、見方を変えると経験を積んできた人たちには、次の世代に伝えるという責任が出てきます。中学３年生、高校３年生はそれぞれ最上級生として下級生にたくさんのことを教えていかなければなりません。教えるということは、教える側の姿勢も問われます。適当な姿勢や何となくの指示では上手に伝えることはできません。準備などで、締め切り日を守ってもらわないとその先に進められないことがあったとします。その場合、きっと、伝える側は、「絶対」という気持ちを込めて伝えると思います。そのとき伝える側の人が日常生活のなかで期日を守らず、提出物が適当だったとしたら、強く伝えることはできるでしょうか。きっと説得力が不足してしまうと思います。身だしなみに関しても同じです。注意をする側が、きちんとした身だしなみをしていなかったら、きっと注意をされた側は、聞き流してしまうと思います。上に立つ、自分の経験を後世に伝えていくということは伝える側の姿勢や態度、人格が問われてくるのです。上級生にとっては耳の痛い話だったかもしれませんが、これは決して上級生がしっかりしなくてはならないということを伝えたいのではありません。
　どんなに自分に厳しく、完璧にできているという人でも、声には出さなくても不安や心配を抱えていると思います。もしかするとそんな人ほど、その思いは強いかもしれません。こんなに頑張っているのに思い通りにならない、こんなに一生懸命やっているのに、ちょっとした食い違いで仲間と意見の対立になってしまう、と感情があふれて来てしまうことは絶対にあります。そして失敗した、こうしなければよかった、と反省の気持ちになってしまうと思います。でもそれは長い目で見ると、全然失敗や間違いなんかではありません。逆に成長している証拠なのです。上級生は以前は、下級生と呼ばれる存在で、その時にたくさんのことを上級生から学び、そして挑戦していくというハードルを乗り越えていける力、つまり自信を身につけているのです。その心の強さがあるからこそ、今こうして自信をもって大きな行事に立ち向かっていけている証拠なのだと思います。自分では、私のせいで・・・と感じたり、自分がもっとこうしていればこうはならなかったんじゃないか、と自分を責めたくなってしまうこともあると思います。挑戦していくとは、苦しいと感じることはあって当然です。上級生として、悔しい思いをすることはあります。けれど、それは決して無駄なことではないのです。むしろ、自分の限界に挑戦し、成長している証なのです。だから、上級生の皆さんは、失敗を恐れずに一歩を踏み出すこと、このことこそが、次の自分をつくる力になっているのです。
　秋のつどいは、この話を聞いてくれているみなさんにとって、そんな挑戦の積み重ねの場でもあると思います。不二聖心の在校生、皆さん一人ひとりの努力が、誰かの勇気になり、次の挑戦への背中を押すことになるのです。だからこそ、どうか自分を信じて、最後までやり抜いてください。良い発表、良い展示、良いおもてなしをできるように細かい気配りをしてほしいと思います。秋のつどいだけでなく、これからもいろいろなことに挑戦することを恐れずに、自分の力を信じて、全力で頑張って行きましょう。皆さんの姿は、きっと誰かの希望になっていきます。これで宗教朝礼を終わります。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
Y.M（数学科）
</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2025-10-29T14:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin176231891620028300" class="cms-content-parts-sin176231891620042200"><p>&#160;これから宗教朝礼を始めます</p>
<div>　今週はいよいよ秋のつどいがありますね。発表系クラブの皆さんは夏休みくらいから、もしかするともっと前から準備を始め、その練習の成果をたくさんの人にお見せする日になります。秋のつどい委員の方々もテーマやプログラムの作成など、かなり前から動き、毎日のように遅くまで頑張っています。先週の準備日には、生活向上委員の方から、お客様をおもてなしする心や姿勢などについてもお話があり、スムーズにそして来校されるお客様に対して気持ちよく過ごしていただけるようにと、考えてくださっているのを感じました。本当にたくさんの人たちがどうしたら、よりいいものにすることができるかを想像し、努力した成果が現れる日になります。</div>
<div>　ところで皆さんは何か新しいことを始めるときに、どうしたらいいのか、何から始めたらいいのかと分からなくて悩んだ経験はないでしょうか。きっと、考えても分からなくて疲れてしまい、チャレンジすることをあきらめてしまったという人もいるのではないかと思います。私自身も、そんなことはたくさんあります。でももし、皆さんの周りに、聞ける人がいたらどうでしょう。秋のつどいも、４月に全く分からずに秋のつどい委員になったという方がいたかもしれません。しかし、担当の先生方や上級生がいらっしゃるので、安心してすぐに一員として仕事ができ、今に至っているのではないでしょうか。これは、秋のつどいだけではありません。何をするにしても経験してきた人が周りにいた場合、不安な気持ちがあったとしても、安心して参加し、たくさんのことにチャレンジできる機会を失うということがなくなります。</div>
<div>　このことは、見方を変えると経験を積んできた人たちには、次の世代に伝えるという責任が出てきます。中学３年生、高校３年生はそれぞれ最上級生として下級生にたくさんのことを教えていかなければなりません。教えるということは、教える側の姿勢も問われます。適当な姿勢や何となくの指示では上手に伝えることはできません。準備などで、締め切り日を守ってもらわないとその先に進められないことがあったとします。その場合、きっと、伝える側は、「絶対」という気持ちを込めて伝えると思います。そのとき伝える側の人が日常生活のなかで期日を守らず、提出物が適当だったとしたら、強く伝えることはできるでしょうか。きっと説得力が不足してしまうと思います。身だしなみに関しても同じです。注意をする側が、きちんとした身だしなみをしていなかったら、きっと注意をされた側は、聞き流してしまうと思います。上に立つ、自分の経験を後世に伝えていくということは伝える側の姿勢や態度、人格が問われてくるのです。上級生にとっては耳の痛い話だったかもしれませんが、これは決して上級生がしっかりしなくてはならないということを伝えたいのではありません。</div>
<div>　どんなに自分に厳しく、完璧にできているという人でも、声には出さなくても不安や心配を抱えていると思います。もしかするとそんな人ほど、その思いは強いかもしれません。こんなに頑張っているのに思い通りにならない、こんなに一生懸命やっているのに、ちょっとした食い違いで仲間と意見の対立になってしまう、と感情があふれて来てしまうことは絶対にあります。そして失敗した、こうしなければよかった、と反省の気持ちになってしまうと思います。でもそれは長い目で見ると、全然失敗や間違いなんかではありません。逆に成長している証拠なのです。上級生は以前は、下級生と呼ばれる存在で、その時にたくさんのことを上級生から学び、そして挑戦していくというハードルを乗り越えていける力、つまり自信を身につけているのです。その心の強さがあるからこそ、今こうして自信をもって大きな行事に立ち向かっていけている証拠なのだと思います。自分では、私のせいで・・・と感じたり、自分がもっとこうしていればこうはならなかったんじゃないか、と自分を責めたくなってしまうこともあると思います。挑戦していくとは、苦しいと感じることはあって当然です。上級生として、悔しい思いをすることはあります。けれど、それは決して無駄なことではないのです。むしろ、自分の限界に挑戦し、成長している証なのです。だから、上級生の皆さんは、失敗を恐れずに一歩を踏み出すこと、このことこそが、次の自分をつくる力になっているのです。</div>
<div>　秋のつどいは、この話を聞いてくれているみなさんにとって、そんな挑戦の積み重ねの場でもあると思います。不二聖心の在校生、皆さん一人ひとりの努力が、誰かの勇気になり、次の挑戦への背中を押すことになるのです。だからこそ、どうか自分を信じて、最後までやり抜いてください。良い発表、良い展示、良いおもてなしをできるように細かい気配りをしてほしいと思います。秋のつどいだけでなく、これからもいろいろなことに挑戦することを恐れずに、自分の力を信じて、全力で頑張って行きましょう。皆さんの姿は、きっと誰かの希望になっていきます。これで宗教朝礼を終わります。</div>
<div style="text-align: right;">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
Y.M（数学科）</div>
<div></div></div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96055/">
<title>2025年10月22日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96055/</link>
<description>
&#160;皆さんは、おこづかいやお年玉をどんなことに使っていますか？休み時間にお友達とジュースを買ったり、休日にアクセサリーや洋服を買ったり、テーマパークで楽しむために使うこともあるかもしれませんね。好きな本を買うことや、参考書を買ったり、自分の将来のために使っている人もいるかもしれません。
　私も社会人になってから、好きな洋服やアクセサリーを買ったり、その日の気分で食べたいものを自由に選べるようになりました。そして、私も皆さんと同じように好きな勉強をするために参考書を買ったりもします。最近では韓国語の参考書を買ったりと、世界を広げるために使ったりもしています。お金は自分の視野を広げてくれる大切なものであると日々感じ、大切に使っています。
　でも、「お金って本当はどう使うのが大切なんだろう？」と考えるきっかけになった出来事が、小学生のときにありました。私は小学校3年生のときに、父の仕事の都合で転校することになりました。新しい学校になじめず、さみしい思いをしていたとき、綾乃ちゃんというクラスメートが声をかけてくれました。私たちは放課後に公園で一緒に遊ぶようになり、お菓子を持ち寄ったり、携帯ゲームをしたりして楽しい時間を過ごしました。
　ある夏の日、母が私と綾乃ちゃんの分として、つぶつぶミカンジュースを2本持たせてくれました。公園に行くと、綾乃ちゃんは大きなポテトチップスを持ってきてくれていて、私たちはお菓子とジュースを交換して食べていました。
　しばらくすると、クラスの男の子2人がやってきて、「そのジュース飲みたい！」と言いました。私のおうちは公園のすぐ近くにあったので、私はうれしくなり、母に「友達が増えたから、ジュースをもう2本欲しい」とお願いし、母は家の中から持ってきてくれました。
　でも汗をかいていた男の子たちはすぐに飲み干し、「おかわりちょうだい！」と何度も何度も言ってきました。そのたびに私は母にジュースが欲しいと頼みに行きましたが、最後には母が「もうあげられないよ」と言いました。
　その夜、母は私にこう話してくれました。「このジュースは私やお父さんが苦しい思いや辛い思いをして、手に入れたお金で買っているものなんだよ。今は１円はとても小さなものに感じるかもしれないけれども、一円は汗一滴の苦労でやっと得られるものなんだよ。」
私はその言葉を聞いて、家族の努力に甘えて、無意識にお金を湯水のように使っていたことを恥ずかしく感じました。それ以来、お金はただ使うものではなく、大切に使うべきものだと学ぶことができました。
　そして今、私は温情の会委員会の顧問として、寄付やボランティアと関わる機会も増えました。寄付とは、誰かのために自分の何かを差し出すことです。たとえば、World Smiles Lunch ではその日のおかずの100円分で、自分の楽しみをちょっと我慢して、誰かを助けることができます。その100円が、誰かの心をあたためたり、命を守るきっかけになったりすることもあります。
最近では、寄付の方法もいろいろあります。電子マネーでタッチするだけでできる寄付や、特定の商品を買うことで一部が寄付になる仕組みもあります。しかし、World Smiles Lunchで行っている封筒に100円を入れることや、募金箱に入れるという昔ながらの方法も、そこに誰かがつながっているという実感を持つことができる大切な手段です。
　また、寄付とはお金だけではありません。毛布を編んで寒さに苦しむ人に届けることも、誰かを助ける立派な寄付のひとつです。自分にできる形で寄付をする。それがとても大切だと私は思います。
　そして、お金や物を寄付するだけではなく、どこに寄付するのか、それがどう役立っているのかということも、これからのみなさんにぜひ考えてほしいと思います。寄付の先には、困っている誰かが必ずいます。寄付とは、思いやりややさしさを届ける方法です。自分にとって無理のない形で、でも心を込めて差し出すことが、誰かの希望や安心につながっていきます。ぜひこれから、自分にできる寄付って何だろう、誰の役に立てるだろうと、考えながら寄付やボランティアをしてみてください。

K.M.(理科)
</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2025-10-23T06:50:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin176117003338574200" class="cms-content-parts-sin176117003338584800">
<p>&#160;皆さんは、おこづかいやお年玉をどんなことに使っていますか？休み時間にお友達とジュースを買ったり、休日にアクセサリーや洋服を買ったり、テーマパークで楽しむために使うこともあるかもしれませんね。好きな本を買うことや、参考書を買ったり、自分の将来のために使っている人もいるかもしれません。</p>
<div>　私も社会人になってから、好きな洋服やアクセサリーを買ったり、その日の気分で食べたいものを自由に選べるようになりました。そして、私も皆さんと同じように好きな勉強をするために参考書を買ったりもします。最近では韓国語の参考書を買ったりと、世界を広げるために使ったりもしています。お金は自分の視野を広げてくれる大切なものであると日々感じ、大切に使っています。</div>
<div>　でも、「お金って本当はどう使うのが大切なんだろう？」と考えるきっかけになった出来事が、小学生のときにありました。私は小学校3年生のときに、父の仕事の都合で転校することになりました。新しい学校になじめず、さみしい思いをしていたとき、綾乃ちゃんというクラスメートが声をかけてくれました。私たちは放課後に公園で一緒に遊ぶようになり、お菓子を持ち寄ったり、携帯ゲームをしたりして楽しい時間を過ごしました。</div>
<div>　ある夏の日、母が私と綾乃ちゃんの分として、つぶつぶミカンジュースを2本持たせてくれました。公園に行くと、綾乃ちゃんは大きなポテトチップスを持ってきてくれていて、私たちはお菓子とジュースを交換して食べていました。</div>
<div>　しばらくすると、クラスの男の子2人がやってきて、「そのジュース飲みたい！」と言いました。私のおうちは公園のすぐ近くにあったので、私はうれしくなり、母に「友達が増えたから、ジュースをもう2本欲しい」とお願いし、母は家の中から持ってきてくれました。</div>
<div>　でも汗をかいていた男の子たちはすぐに飲み干し、「おかわりちょうだい！」と何度も何度も言ってきました。そのたびに私は母にジュースが欲しいと頼みに行きましたが、最後には母が「もうあげられないよ」と言いました。</div>
<div>　その夜、母は私にこう話してくれました。「このジュースは私やお父さんが苦しい思いや辛い思いをして、手に入れたお金で買っているものなんだよ。今は１円はとても小さなものに感じるかもしれないけれども、一円は汗一滴の苦労でやっと得られるものなんだよ。」</div>
<div>私はその言葉を聞いて、家族の努力に甘えて、無意識にお金を湯水のように使っていたことを恥ずかしく感じました。それ以来、お金はただ使うものではなく、大切に使うべきものだと学ぶことができました。</div>
<div>　そして今、私は温情の会委員会の顧問として、寄付やボランティアと関わる機会も増えました。寄付とは、誰かのために自分の何かを差し出すことです。たとえば、World Smiles Lunch ではその日のおかずの100円分で、自分の楽しみをちょっと我慢して、誰かを助けることができます。その100円が、誰かの心をあたためたり、命を守るきっかけになったりすることもあります。</div>
<div>最近では、寄付の方法もいろいろあります。電子マネーでタッチするだけでできる寄付や、特定の商品を買うことで一部が寄付になる仕組みもあります。しかし、World Smiles Lunchで行っている封筒に100円を入れることや、募金箱に入れるという昔ながらの方法も、そこに誰かがつながっているという実感を持つことができる大切な手段です。</div>
<div>　また、寄付とはお金だけではありません。毛布を編んで寒さに苦しむ人に届けることも、誰かを助ける立派な寄付のひとつです。自分にできる形で寄付をする。それがとても大切だと私は思います。</div>
<div>　そして、お金や物を寄付するだけではなく、どこに寄付するのか、それがどう役立っているのかということも、これからのみなさんにぜひ考えてほしいと思います。寄付の先には、困っている誰かが必ずいます。寄付とは、思いやりややさしさを届ける方法です。自分にとって無理のない形で、でも心を込めて差し出すことが、誰かの希望や安心につながっていきます。ぜひこれから、自分にできる寄付って何だろう、誰の役に立てるだろうと、考えながら寄付やボランティアをしてみてください。</div>
<div></div>
<div style="text-align: right;">K.M.(理科)</div>
</div>
]]></content:encoded>
</item>

<item rdf:about="https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96050/">
<title>2025年10月8日放送の宗教朝礼から</title>
<link>https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/teachers_message/2025/96050/</link>
<description>&#160;　今年は戦後何年ですか？　そう、80年です。私の母は1941年生まれ、今年84歳になります。太平洋戦争が始まった年の生まれです。戦争中の記憶はほとんどなく、母の昔話は終戦後のことがほとんどです。母が生まれたころ、一家は東京に暮らしていたそうです。父親は小学校の教員でした。
　戦争が始まり、戦火を逃れて実家のある沼津に疎開し、そのまま沼津で過ごしました。母の兄弟は姉が2人、弟が一人の4人兄弟でした。娘3人は現在、92歳、88歳と二人とも元気に暮らしています。弟は、終戦の4年後、1949年に疫痢という病気で亡くなりました。4歳でした。
　疫痢というのは、赤痢菌が腸に感染することが原因で起こる感染症です。赤痢菌が混入した食べ物や飲み物を食べたり飲んだりして感染するそうで、疫痢は小児にみられる細菌性赤痢の重症型で、循環不全（血圧の低下、意識障害など）などを起こし、短期間に死亡するそうなのです。
　当時、赤痢や疫痢で亡くなる人が多かったと言います。衛生状況が現在とは違いますから、感染も広がりやすかったのでしょう。感染経路は一番上の姉からでした。その時、別の病気のため入院していた姉（私にとっての伯母）が知らないうちに病院内で、赤痢に感染してしまっていました。現在なら、院内感染と言われて大きな問題になる事案でしょう。伯母の感染はお見舞いの後に分かりました。帰宅して数日で母と弟も発症し、幼かった弟はあっという間に容態が悪化したと言います。父親の友人の医師に診ていただき、天井からリンゲルという当時高かった薬を点滴していたことを母は覚えていると言います。残念ながら、治療は間に合いませんでした。自宅では母も赤痢になってしまい、入院・隔離が必要な状態でした。
　みなさんもご家族を亡くした経験をもつ人もいるでしょう。葬儀を行うために、さまざまな準備が必要です。このとき、祖父母は初めての男の子として大切に育てていた息子の葬儀を行わなければなりませんでした。その上、１番上の娘は入院中、３番目の娘（母）を入院させる必要がありました。祖父は沼津市今沢というJR片浜駅近くから、清水町長沢にある国立病院（現在の静岡医療センター）まで母を連れて行くことになりました。距離は８キロです。母も具合が悪くなっているので歩いてはいけません。どうやって、祖父は母を病院へ連れて行ったのでしょう？　タクシー？救急車？　まだそのようなインフラは整備されていませんでした。自家用車も普及していません。（祖父は生涯運転免許をもたず、移動は専ら自転車でした）　荷車に布団を敷いて、母を乗せて８キロの道を進んだのです。荷車って何？と思う人もいるでしょう。リヤカーは分かりますか？荷物を運ぶために金属製のパイプと空気入りタイヤで構成された２輪の荷車で、人もしくは自転車、オートバイによって牽引して使われます。リヤカーと違うのはタイヤ部分です。リヤカーは車輪がタイヤでできています。自転車のホイールと同じような構造。荷車はもっと古い形で、木の車輪を保護するために鉄の輪がついているものだそうです。道路の舗装はありません。でこぼこの道をクッションもない荷車に母を乗せて、亡くなった息子を自宅に置いて祖父は出かけました。帰りも空になった荷車を引いて、自宅に戻りました。３～４時間かかったのではないかと想像します。
　お葬式を行うためにはお金が必要です。荼毘に付したりするためですが、祖父母にはそのお金がなかったと言います。祖父は自宅に戻ると、沼津駅へ向かい、闇市で自分の革靴を売りに行ったのだそうです。５キロの距離を歩いて往復。当時、駅の前、今のバスターミナル、西武百貨店のあたりに闇市があったのだそうです。沼津駅を知っているみなさん、70～80年前は空襲によって駅付近も多くの建物が焼失し、闇市もあったことを想像してみてください。子どものお葬式を行うために、お金になりそうなものとして革靴を売るということから、当時の生活が決して楽ではなかったことがうかがわれます。
　一方、祖母は裁縫も得意でした。母の弟は上3人が女の子であったので、普段は女の子の服をお下がりで着ていたそうです。外出するときのために1着だけ男の子の服が用意され、出かけるたびにそれに着替えていたそうです。亡くなった息子のために着せる着物も、もちろんありませんでした。祖母はせめて男物の着物を着せてやりたいと、夫の着物をほどき、子どもの着物になるよう布を裁ち、一晩かけて着物を縫ったのだそうです。祖母の気持ちはどんなであったか？想像するだにつらく悲しいものです。
　弟の葬儀には、母は参列することはできませんでした。約20日間の入院の後、退院して自宅に戻ったとき、母親から「大切な息子ではなく、娘が残った」という意味の、心ない言葉をかけられたそうです。小学2年生の女の子に、子どもを失った親の悲しみを受けとめる力はありません。この言葉は母の心に深い傷となりました。年齢も兄弟の中で最も近く、一緒に遊ぶことの多かった弟を失った母自身の悲しみもあったはずです。弟の死は、その後家族の中でタブーとなっていったと言います。

　これは市井のある家庭の物語です。でも、みなさんのおじいさま、おばあさま、ひいおじいさま、ひいおばあさまにも大なり小なり戦中・戦後を生きてきた物語があるはずです。語らない方もいらっしゃるでしょう。でも、お話を聞ける人は是非、お聞きしてみてください。あなたの身近な人のお話は、きっと訴えるものを持っているはずです。

　各地で紛争はあるけれど第二次世界大戦のような大きなものは過去のものであり、その記憶を忘れてはならないーー10年くらい前までなら、私はそう思っていました。でも今は違います。過去の記憶が、現在に重なります。世界の状況を考えると戦争は新しい形となって、深刻さも比較にならないほどになっています。無人機やドローンによる攻撃、ミサイルの正確な爆撃、ガザの飢餓で痩せ細った人々、ジェノサイトと認定されても改善されることない現実、ーーそれらを私たちはほぼリアルタイムで知ることができます。音・映像によって。一方でイスラエル・ガザ、ウクライナ・ロシア、それぞれの立場の人々の声も知ることができ、憎しみの連鎖、立場の違いから来る考えや思いの乖離があって、現実の複雑性を如実に語っています。

　平和への道は険しいけれど、私たちは知ること・思いを寄せることを忘れてはならないと思います。今年は希望の聖年。｢希望｣を心に、昨日始業式で蒔苗先生がお話しくださった映画『長崎―閃光の影で―』に出てくる看護学生の言葉｢まっすぐ生きたい」という道を探していきましょう。


M.H.（国語科）
</description>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:date>2025-10-08T12:05:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div id="cms-editor-minieditor-sin176067056143473000" class="cms-content-parts-sin176067056143483900"><p>&#160;　今年は戦後何年ですか？　そう、80年です。私の母は1941年生まれ、今年84歳になります。太平洋戦争が始まった年の生まれです。戦争中の記憶はほとんどなく、母の昔話は終戦後のことがほとんどです。母が生まれたころ、一家は東京に暮らしていたそうです。父親は小学校の教員でした。</p>
<div>　戦争が始まり、戦火を逃れて実家のある沼津に疎開し、そのまま沼津で過ごしました。母の兄弟は姉が2人、弟が一人の4人兄弟でした。娘3人は現在、92歳、88歳と二人とも元気に暮らしています。弟は、終戦の4年後、1949年に疫痢という病気で亡くなりました。4歳でした。</div>
<div>　疫痢というのは、赤痢菌が腸に感染することが原因で起こる感染症です。赤痢菌が混入した食べ物や飲み物を食べたり飲んだりして感染するそうで、疫痢は小児にみられる細菌性赤痢の重症型で、循環不全（血圧の低下、意識障害など）などを起こし、短期間に死亡するそうなのです。</div>
<div>　当時、赤痢や疫痢で亡くなる人が多かったと言います。衛生状況が現在とは違いますから、感染も広がりやすかったのでしょう。感染経路は一番上の姉からでした。その時、別の病気のため入院していた姉（私にとっての伯母）が知らないうちに病院内で、赤痢に感染してしまっていました。現在なら、院内感染と言われて大きな問題になる事案でしょう。伯母の感染はお見舞いの後に分かりました。帰宅して数日で母と弟も発症し、幼かった弟はあっという間に容態が悪化したと言います。父親の友人の医師に診ていただき、天井からリンゲルという当時高かった薬を点滴していたことを母は覚えていると言います。残念ながら、治療は間に合いませんでした。自宅では母も赤痢になってしまい、入院・隔離が必要な状態でした。</div>
<div>　みなさんもご家族を亡くした経験をもつ人もいるでしょう。葬儀を行うために、さまざまな準備が必要です。このとき、祖父母は初めての男の子として大切に育てていた息子の葬儀を行わなければなりませんでした。その上、１番上の娘は入院中、３番目の娘（母）を入院させる必要がありました。祖父は沼津市今沢というJR片浜駅近くから、清水町長沢にある国立病院（現在の静岡医療センター）まで母を連れて行くことになりました。距離は８キロです。母も具合が悪くなっているので歩いてはいけません。どうやって、祖父は母を病院へ連れて行ったのでしょう？　タクシー？救急車？　まだそのようなインフラは整備されていませんでした。自家用車も普及していません。（祖父は生涯運転免許をもたず、移動は専ら自転車でした）　荷車に布団を敷いて、母を乗せて８キロの道を進んだのです。荷車って何？と思う人もいるでしょう。リヤカーは分かりますか？荷物を運ぶために金属製のパイプと空気入りタイヤで構成された２輪の荷車で、人もしくは自転車、オートバイによって牽引して使われます。リヤカーと違うのはタイヤ部分です。リヤカーは車輪がタイヤでできています。自転車のホイールと同じような構造。荷車はもっと古い形で、木の車輪を保護するために鉄の輪がついているものだそうです。道路の舗装はありません。でこぼこの道をクッションもない荷車に母を乗せて、亡くなった息子を自宅に置いて祖父は出かけました。帰りも空になった荷車を引いて、自宅に戻りました。３～４時間かかったのではないかと想像します。</div>
<div>　お葬式を行うためにはお金が必要です。荼毘に付したりするためですが、祖父母にはそのお金がなかったと言います。祖父は自宅に戻ると、沼津駅へ向かい、闇市で自分の革靴を売りに行ったのだそうです。５キロの距離を歩いて往復。当時、駅の前、今のバスターミナル、西武百貨店のあたりに闇市があったのだそうです。沼津駅を知っているみなさん、70～80年前は空襲によって駅付近も多くの建物が焼失し、闇市もあったことを想像してみてください。子どものお葬式を行うために、お金になりそうなものとして革靴を売るということから、当時の生活が決して楽ではなかったことがうかがわれます。</div>
<div>　一方、祖母は裁縫も得意でした。母の弟は上3人が女の子であったので、普段は女の子の服をお下がりで着ていたそうです。外出するときのために1着だけ男の子の服が用意され、出かけるたびにそれに着替えていたそうです。亡くなった息子のために着せる着物も、もちろんありませんでした。祖母はせめて男物の着物を着せてやりたいと、夫の着物をほどき、子どもの着物になるよう布を裁ち、一晩かけて着物を縫ったのだそうです。祖母の気持ちはどんなであったか？想像するだにつらく悲しいものです。</div>
<div>　弟の葬儀には、母は参列することはできませんでした。約20日間の入院の後、退院して自宅に戻ったとき、母親から「大切な息子ではなく、娘が残った」という意味の、心ない言葉をかけられたそうです。小学2年生の女の子に、子どもを失った親の悲しみを受けとめる力はありません。この言葉は母の心に深い傷となりました。年齢も兄弟の中で最も近く、一緒に遊ぶことの多かった弟を失った母自身の悲しみもあったはずです。弟の死は、その後家族の中でタブーとなっていったと言います。</div>
<div></div>
<div>　これは市井のある家庭の物語です。でも、みなさんのおじいさま、おばあさま、ひいおじいさま、ひいおばあさまにも大なり小なり戦中・戦後を生きてきた物語があるはずです。語らない方もいらっしゃるでしょう。でも、お話を聞ける人は是非、お聞きしてみてください。あなたの身近な人のお話は、きっと訴えるものを持っているはずです。</div>
<div></div>
<div>　各地で紛争はあるけれど第二次世界大戦のような大きなものは過去のものであり、その記憶を忘れてはならないーー10年くらい前までなら、私はそう思っていました。でも今は違います。過去の記憶が、現在に重なります。世界の状況を考えると戦争は新しい形となって、深刻さも比較にならないほどになっています。無人機やドローンによる攻撃、ミサイルの正確な爆撃、ガザの飢餓で痩せ細った人々、ジェノサイトと認定されても改善されることない現実、ーーそれらを私たちはほぼリアルタイムで知ることができます。音・映像によって。一方でイスラエル・ガザ、ウクライナ・ロシア、それぞれの立場の人々の声も知ることができ、憎しみの連鎖、立場の違いから来る考えや思いの乖離があって、現実の複雑性を如実に語っています。</div>
<div></div>
<div>　平和への道は険しいけれど、私たちは知ること・思いを寄せることを忘れてはならないと思います。今年は希望の聖年。｢希望｣を心に、昨日始業式で蒔苗先生がお話しくださった映画『長崎―閃光の影で―』に出てくる看護学生の言葉｢まっすぐ生きたい」という道を探していきましょう。</div>
<div></div>
<div></div>
<div style="text-align: right;"><span style="white-space: normal;">M.H.（国語科）</span></div>
<div></div></div>
]]></content:encoded>
</item>

</rdf:RDF>
